絶対に大丈夫」とコーディネーターは言った【第二章 初めての治験、その前に】

薬を飲むだけの怪しい高額バイト、その名も「治験」。まだ開発段階の「新薬」を飲みまくり、採血の連続。そんな治験歴7年というプロ治験者の日常やいかに? 第6回は、金の力に屈し治験に申し込む手続きの模様です。及び腰になる八雲さんに「絶対に大丈夫です」と仲介をするコーディネーターは言うのですが……。好評発売中の『職業治験——治験で1000万円稼いだ男の病的な日常』(幻冬舎)より1章・2章をcakesで特別公開いたします!

 ウェブサイトに登録してから五時間後ぐらいだろうか。携帯が鳴った。見慣れない電話番号。いつもなら、知らない番号からの着信は出ない様にしているのだが、なんだか気になり出てみた。それが、今後私がかなりの頻度で入院することとなる病院からのファーストコンタクトであった。

「もしもし、私、ユクタビ総合クリニックの石黒と申します。登録された治験紹介会社様から紹介していただきまして……。早速ですが、今、急にキャンセルが入りまして、一週間後のスクリーニング(事前検査)に参加していただけませんでしょうか。負担軽減費は、五十三万円。二十泊二十一日となっております。事前検査に合格されましたら、五日後の月曜日の午後六時入院。そして、二十一日後の月曜日の午前十一時に退院のスケジュールとなっています。ご予定が合えばと思いまして、お電話を差し上げた次第でして……」

 電話口では、丁寧ていねいな喋り口の男性の声。声から判断するに四十過ぎだろう。私の気持ちの中には、やはりいかがわしさの念があったので、この対応で少し気が楽になった。参加してみようかなという気持ちになりつつあった。だが、どんな薬を飲むのかが心配だった。

 この石黒は、電話してきた経緯や入院期間、日程等は説明したのだが、肝心のどんな薬を飲むのかについては一切語ろうとしない。私の心配事は、金と薬の種類なのだから……。念には念を。変な薬を飲まされ、重大な副作用が出たら本末転倒だ。

 思い切って薬の種類について石黒に尋ねてみた。

「スケジュールは大丈夫ですが、どんな薬を飲むのか教えていただけますか」

「……少々お待ちください」

 石黒は、少し言葉をつまらせながら、何やら紙をめくっているようだった。十五秒程度の沈黙が流れる。

「お待たせいたしました。えーっ、C型肝炎の新薬ですね」

 C型肝炎の新薬……。新型インターフェロンの新薬……。時に肝硬変を起し、死に至る重大な病、C型肝炎。そんなたいそうな物を、健康な人間に投与しても大丈夫なのだろうか。私は素直に疑問をぶつけてみた。

「すみません。C型肝炎の新薬っておそらく注射ですよね」

「はい、……そうなりますね」

「健康な人間にそんな物を投与して大丈夫なのですか」

 電話口の石黒は、しばらく間を置いて、自信満々にこう言い放った。

「ご安心ください。新薬といっても、患者さんに投与する量よりは、かなり少ない量です。また、ヒトに投与する前も、動物で何度も安全性を確かめていますし、絶対に大丈夫です。今まで二千件の治験をご紹介してきましたが、重篤じゅうとくな健康障害が出たのは一件だけですから……」

 絶対という言葉を使う人間は信用するなと祖母が言っていた。

 だが、なるほど、投与する量的には非常に少ないことは分かった。後で調べて知ったのだが、ヒトに投与する前の安全確認とは、犬やチンパンジーに致死量の薬を投与し、その体重から危険ラインを割り出すもの。後、二千件の治験で一件という健康障害もかなりの確率だといえば、それまでだ。二千回の一回でも、その一回が私に当たったら、どうしようもない。スクラッチくじで十万円が当たる可能性よりも十分に高いのだから。

「どうでしょう、ご参加いただけますか」

「……分かりました。大丈夫です」

 迷いに迷ったのだが、私の背中を押したのは、まぎれもない「金」の力だった。本心では、やはりやりたくはない。だが、やらなくては金は手に入らない。結局負けた。金に負けた。自分の弱さに気づくと、なんだか、無性に、悲しくなった。

 そんな私の思いなどおかまいなしに、石黒の説明は続く。

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職業治験—治験で1000万円稼いだ男の病的な日常

八雲星次

薬を飲むだけの怪しい高額バイト、そんな噂を聞いたことがありませんか? その名も「治験」。まだ開発段階の「新薬」を飲んで飲んで飲みまくり……。その薬のデータを取るために採血の連続。そんな治験歴7年、トータル入院日数365日、採血数900...もっと読む

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