薬漬けの極楽生活【第一章 プロ治験者の優雅なる日常】

薬を飲むだけの怪しい高額バイト、その名も「治験」。まだ開発段階の「新薬」を飲みまくり、採血の連続。そんな治験歴7年というプロ治験者の日常やいかに? 第2回は、世間の想像する「切羽詰つまった人間が、体を切り売りする、場末中の場末に巣くう人間」というイメージとは裏腹に、実は健康マニアが多いという意外な実態について。好評発売中の『職業治験——治験で1000万円稼いだ男の病的な日常』(幻冬舎)より1章・2章をcakesで特別公開いたします!

薬漬けの極楽生活

 私は、七年以上治験一本でっているプロ治験者だ。

 勤労経験(社会人経験)は二ヶ月。莫大ばくだいな労力と精神力を使い就職した一部上場の会社を、「ほんの些細ささいなこと」(残業についてのいざこざ)が原因で、「イラッ」と来て、その場でコンビニに直行し、便箋びんせんと筆ペンを買い求め、外のベンチで退職届を書きなぐり、それを上司に叩きつけ、かつ、唾を吐きかけ、会社を飛び出して以来、アルバイトすらしたことがない。

 それ以来、好きなことだけをして生きている。好きな本を好きなだけ読み、ネットゲームを朝から晩までやりつぶし、好きなだけ寝る。同年代の若者が、ひたいに汗して働いている昼間、私は起き、早速ビールを飲み、かつ、好きな物をたらふく食べる。

 私が治験で稼ぐ年収は約百六十万円。生活保護の支給額に、少し毛が生えた程度だ。

 生活保護の支給金額は、居住する地域や家族構成によって異なるが、大阪府の西成区の単身者で十二万五千円であるから、年間約百五十万円ほど。

 ただ、私の場合は、十分に働ける五体満足の体であり、どこにも異常はない。ただ、「働きたくない」がために、治験という職業を選んだのだ。

 年間労働日数ゼロ。好きなことを好きなだけできる自由があり、これだけのお金が貰える。正直これだけの金額で、家族を養っていくのは無理がある。そのため、私の保険証は、「扶養」の二文字が光っている。本来であれば、自分で健康保険をかけなくてはいけないのだが、税務署に申告している所得金額は、ゼロ円。治験で得られる報酬は労働の対価としてではなく、あくまでもボランティアの時間拘束こうそくに対しての負担軽減という形で支払われる。であるから、所得ではない。

 実際には、雑所得として申告しなくてはいけないのだろうが、それは、報酬を支払う病院が「治験」という一種のダークサイドとでもいうべき会計の裏のからくりであり、申告しなくても問題が起きることはまずない。所得税の捕捉率、10(トウ)・5(ゴウ)・3(サン)・1(ピン)の「ピン」の如く、私の所得は税務署に把握されていないのだ。

 治験というと、一体何を想像するだろうか。危険・不健康・そして不透明さ……。製薬会社が金に物をいわせて、「人体実験」をしているのではないかという想像が一般的だ。結論から先にいうと、治験は確かに「人体実験」といわれれば論駁ろんばくしようがないが、極めて厳密に管理された方法で行われる臨床試験で、安全性は何重にも検討され、そして配慮がなされている。その証拠に、私はこれまでに約五十回近く、「まだ承認されていない薬」を飲んで飲んで飲み続けて、結果、お金を貰ってきたが、体に異常は全くない。むしろ治験をする前より健康なぐらいである。

 治験をやって健康とは一体どういうことか。それは、生活習慣がすべて管理されるため、外の汚れた世界よりも体内が浄化され、数段健康になっているのである。

 私はタバコとお酒が大好きで、不摂生ふせっせい極まりない生活をしているのだが、治験参加した後は、何か、こう、体の奥から力がみなぎってくる感じがするのである。ただ、精神的な充実感はゼロで、退院した後の無気力さにいつも悩まされているが……。特に体調の変化を感じるのは、タバコを吸うとき。その次がお酒。治験のための入院中は、採血データに影響を与えるため、当然禁煙だ。退院後、コンビニでタバコとライターを買い、封を開け、タバコの葉の臭いをぐだけで気持ち悪くなってくるのである。

「あれだけ好きだったタバコなのに……どうして……」という軽いつぶやききと共に、だが、体の中に残るニコチンが指を無意識に動かし、火をつけて味わう一服。

「マズい、非常に、マズい」

 二週間前、最後の一服を吸ったときの味の記憶とは全く違うそれが口の中に広がる。そして、退院祝いとしてサッポロ黒ラベルに口をつける。いつもならば、発泡酒なのだが、今日は二週間ぶりの娑婆しゃば。自分へのご褒美ほうびとして、それは一般人からすれば、「みみっちいご祝儀」としてここは本物のビール。いつもなら、喉を豪快に震わせ、十秒以内に半分以上を飲み干すのだが、今日は違う。

「マズい……、匂いが臭い……」

 感覚的には、小学生の頃、オヤジに無理やり飲まされたビールの味。あの頃の私はまだ汚れていない体であったために、嫌悪感を伴う独特の匂いとしびれる様な苦さを今でも脳の感覚として覚えている。

 人間の体というものは、再生能力を持っており、タバコやお酒は一種の劇物であり体を痛めるものだ。その影響から二週間遠ざかっただけでも、体の感覚が回復しているのが実感として分かるのだ。

 夜の十一時に消灯。起床は八時。大の大人が実に九時間睡眠。サラリーマンをしていたときの私は四時間から五時間の睡眠しか取れなかったが、その寝不足の体への影響を考えたら、仕事を辞めてプロ治験者になって良かったなと心から思える。朝飯を食べてからの二度寝は当たり前。昼飯を食べてからの三度寝、三時以降の四度寝もありなこの世界。

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職業治験—治験で1000万円稼いだ男の病的な日常

八雲星次

薬を飲むだけの怪しい高額バイト、そんな噂を聞いたことがありませんか? その名も「治験」。まだ開発段階の「新薬」を飲んで飲んで飲みまくり……。その薬のデータを取るために採血の連続。そんな治験歴7年、トータル入院日数365日、採血数900...もっと読む

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kojihareenu |職業治験——治験で1000万円稼いだ男の病的な日常|八雲星次|cakes(ケイクス) 普通に面白いw https://t.co/PQl82ONBWH 5年弱前 replyretweetfavorite