糸井 もうひとつ思うのは、人をどう育てていくかって、「自分がどう育ったか」と深く関係してるのかもしれないですね。
加藤 自分がどう育ったか。
糸井 やっぱり、ひとって「覚えのあること」をしたがりますから。ぼくはずっとフリーだったんで、上司もいないし、ちゃんと怒られるってことがなかったんですよ。自分で「あ、これじゃかっこわるいな」とか「これだとあいつに負けるな」とか。あるいは「これだと華々しくないな」とかね(笑)。そうやって修正していくしかない。
加藤 フリーランスの方はそうするしかないですよね。
糸井 うん。ぜんぶ自分で判断して、大きな勝負になってくると「引き算をして、足し算をしてやれっ!」みたいに仕事したりとか、さ。そういう愉快犯をずっとやってきたんです。しかも、その愉快犯っぽいところが、いちばんクリエイティブを支えてきたと思ってるんで。逆に、よくある100本ノックみたいなことはしたくなかったし、弟子に対してもやったことないですね。いつでも「1本出せ」ですから。
加藤 それもじゅうぶん怖いですけど(笑)。
糸井 でも、その緊張感がないと。「あとで打席が回ってくる」と思いながらチャンスで打てるやつはいないですよ。「この打席しかない」と思ってないと、チャンスじゃ打てない。トータルで打率を見るのは試合が終わってからなので。
加藤 なるほど。たしかに緊張感、大事です。
糸井 そういえば最近、いちばんうなされた夢があって。できもしない仕事を引き受ける夢でさ、ぼくが舞台袖にいて、幕の袖から覗くとお客さんがいっぱいに集まってるの。どうやらぼくが舞台に出るみたいで。
加藤 ええ。
糸井 それで、どこかから「いようっペンペンペン」って三味線の音が聞こえてきて、ちょっと待てよと思ったら……浪曲なんですよ。これからおれが、浪曲をやるんですよ。
加藤 わはははは。
糸井 「いっけねぇー! 引き受けちゃったー!」って(笑)。
加藤 そんな直前に(笑)。
糸井 「どーしてここまで気がつかなかったんだ?」って(笑)。浪曲のさ、出だしの「妻は夫をいたわりつ……」なんかは知ってるんですよ。それで知ってるつもりで引き受けちゃったんだけど、「そのあとなに?」って(笑)。
加藤 うわー。
糸井 これからぼくがやる失敗って、たぶんこればっかりだと思うんです。だから、引き受けないようにしています、極力。そりゃね、専門じゃないところでいい気になってしゃべってた時代も、みなさんと同じようにあるんですけど(笑)。
加藤 ははは、痛てててて(笑)。
糸井 だから、ぼくはいってあげます。「お前、それは浪曲だぞ」と(笑)。
加藤 ははははは。
糸井 それは浪曲だぞ、おぬし(笑)。
加藤 いい気になって、できもしない仕事を引き受けるな、と。
糸井 もしかすると、これってcakesにもつながる話かもしれない。いくら出だしを知ってても、1本通して浪曲できないと、「おれは浪曲ができる」とはいえないんですよ。
加藤 ええ、ええ。
糸井 やっぱり、出だしの「妻は夫をいたわりつ……」までを歌って「はい、最後まで聴きたい人は10円ください」っていうのと、ぜんぶ歌いきったあとに「お粗末!」って頭を下げて、「下手だったな-。うん、200円払うよ!」となるのじゃ、同じ下手でも10円のほうがお金を取りにくいんですよ。
加藤 うーん。
糸井 たぶん、ね? だから、どういうかたちがベストなのかわからないけど、ひとまず最後まで歌いきって、「うん、これでいいや」となってお金を出してもらうほうが、飛べるような気がしますね。
加藤 なるほど。
糸井 でも加藤さん、きっとおもしろいことあると思う。釣りでいうと、少なくともあのボートの動かし方は最高にかっこいいですから。二村ヒトシさんの恋愛ものとかさ。 彼とはぼく、むかし会ったことがあって。もう、とにかくスケベでへんなやつなんですね(笑)。
加藤 ええ、スケベでへんな方ですねえ(笑)。
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