加藤貞顕(以下、加藤) じゃあ初期のほぼ日って、ほんとうにプライベートな集まりとして、余力の集まりとしてスタートされたんですね。
糸井重里(以下、糸井) ただ、あんまりにもなにもないんじゃつまんないんで、台所を完備したんです。
加藤 台所? それ、事務所にですか?
糸井 はい。「ダイニング部」というのをつくって、お料理教室の先生から紹介された生徒さんが、毎日台所でご飯をつくってくれるようにしてね。だからみんなには、うちの事務所で原稿書いてもいいし、ぐだぐだそこで雑談しててもいい。そして「お金はないけど、ごはんはあるよ」と(笑)。
加藤 おもしろいですねえ。いいなあ。
糸井 いまでも読みものページの原稿料は、原則無料のままです。もちろん、「商品」の部分ではギャランティが発生します。たとえば、イラストレーターの方だと、読みものページに掲載するイラストは無料でお願いするけど、ハラマキ用のイラストを描いていただいたらお金が発生する。
加藤 なるほど。そこはビジネスが動いている場所ですからね。その方針は今後も変わらず、ですか?
糸井 いや、スタートがそうだったのはほんとうに食える見通しがなくって、ほかに選択肢がなかったからで。ずっとこのままでいいと思っていたわけじゃありません。ただ、むずしいなと思ってるんだけど、お金が発生しないことって「動機」を維持する上ではありがたい話なんです。
加藤 というと?
糸井 対価が発生すると、急に動機を維持できなくなることがあるんです。たとえば、避難所でおにぎりをにぎるボランティアを集めるとします。「やりまーす!」という若者がたくさんやってくる。一所懸命にぎってくれる。ここで「少なくて申し訳ないけど、1時間200円払わせてくれ」といったら、たぶん「安いなあ」になっちゃうわけですよ。
加藤 あ、たしかに。
糸井 無償ボランティアだったら維持できた「やりたい!」の気持ちが、うまく維持できなくなる。きっと、うちも同じでしょう。そこのところがね、どっちがいいのか、まだわからないんですよ。
加藤 そのへん、すっごく聞きたいところです。つまり、いちばん最初の動機は糸井さんご自身の「広告をやめたい」「下請けじゃない自分の好きなことをやりたい」だったわけですよね? でも、連載コンテンツが書籍化される流れも、かなり早めからできていました。これって、「いろんな方に活躍の場を提供して、みんながクリエイティブで食っていけるようにしていきたい」という気持ちも強かったんですか?
糸井 いやいやいや、最初のころは食っていくどころか「売れたらいいな」のレベルですよ。もちろん、ほぼ日をきっかけに売れていくような人が出てくると、それはほんとうにうれしいです。たとえば福田利之さんというイラストレーターの方。彼のイラストは和田誠さんなんかがすごいほめてくださっているんですけど、いまや売れっ子なんです。もともと売れてないわけじゃなかった方なんですが、もしもほぼ日によって福田さんという「お店」の広がりができたのだとしたら、ぼくらもうれしいですよね。
加藤 ええ。
糸井 だから、イラストレーションには向いた仕事場だと思います。文字を書く人に向いているかどうかは、その人次第かなぁ。うん、バットをぶんぶん振り回すタイプの人には不自由かもしれない、というか。
加藤 場の雰囲気ってありますからね。ほぼ日という場の。
糸井 そうですね、やっぱりぼくらは全方位のお客さんを見ていますから。とんがったところでなにかをしたい、という人には不自由かもしれない。
加藤 たとえばそのへん、ぼくらなんかは出資していただいてスタートしているので、会社を大きくするしかない、利益を出すしかない、という枠組みなんです。もちろんそれは「いっぱい儲けるぜ!」みたいな感じじゃなくって。
糸井 いや、いっぱい儲けたほうがいいと思うよ(笑)。
加藤 ははははは。ええ、もちろんそうなんですけど。ただ、これから出版界にはこういう枠組みが必要だし、ぼく自身もクリエイティブを続けていく上で、スマートフォン上にいいしくみがないと仕事ができなくなる。だから、cakesという場所やピースオブケイクという会社を大きくしていく必要があるんです。
糸井 はい。
加藤 一方、ほぼ日の場合は、もっと会社を大きくしようとか、あるいは上場しようとか、そんなことを考えたことってあるんですか?
糸井 初期のころは、「なんでうちに上場の誘いがこないんだろう?」って、したくもないのに不思議でした(笑)。
加藤 (笑)。
糸井 したくもないのに不思議(笑)。そりゃ2~3件はありましたよ。むかし知っている人がなんとなく声かけてくれたり、みたいなことは。
加藤 いまはどうですか?
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