一故人

岩谷時子—作詞で多くのヒットを生むも本業は「マネージャー」

島倉千代子、ザ・ピーナッツ、加山雄三、郷ひろみ、本田美奈子(のちに美奈子.)など、多くのスターのヒット曲の作詞を手がける一方で、越路吹雪に寄り添ってマネージャーの役割を果たした岩谷時子。激動の人生を生き抜いた彼女の人生を、今回の「一故人」は取り上げます。

島倉千代子のイメージチェンジに携わる

歌手の島倉千代子(2013年11月8日没、75歳)というと演歌のイメージが強い。デビュー当初の「東京だョおっ母さん」(1957年)、「からたち日記」(1958年)など“純情路線”“お涙路線”と呼ばれる一連のヒット曲、あるいは後年の「人生いろいろ」(1987年)にいたるまで、その波瀾に富んだ実生活とあいまって、没後も、演歌の世界を地で行く哀しくも健気なヒロインとしてとりあげる報道が目立った。

だが、島倉はけっして演歌ばかり歌っていたわけではない。1966年、老舗レコード会社の一つ、日本コロムビアの若きディレクターだった酒井政利は、同社専属の看板歌手だった島倉を、“お涙歌謡路線”から脱却させるべく、当時ヒットメーカーとなっていた岩谷時子(2013年10月25日没、97歳)に作詞を依頼した。

このとき岩谷は、土田啓四郎の作曲による8ビートのポップス調のメロディに、男と女のやりとりを軽妙に歌った詞を乗せた。タイトルは「ほんきかしら」。このフレーズは、男性からの告白に喜びつつも一抹の疑いをさしはさむ女心を表す言葉として、曲中で何度も繰り返される。同曲は、バックコーラスに男性ボーカルグループ「岡田みのるとヤング・トーンズ」を迎えて歌われ、おりからのラテン系ムード歌謡ブームにも乗ってヒットした。

コロムビアから岩谷への依頼というのは、従来の日本のレコード会社の慣習からすればきわめて異例のことだった。戦前からあるレコード会社は、歌手だけでなく作詞家・作曲家を囲いこむ、専属制という制度をとっていたからだ。それが1960年代に入る頃には、新興のレコード会社や、原盤権(レコードの音源に関する権利)を持った芸能プロダクションなどが積極的にフリーランスの作家を起用して、ヒットが生まれるようになる。岩谷時子は、フリーランスの、そして女性の作詞家のまさにパイオニアであった。

酒井は、老舗レコード会社のなかにあって、自分と対等につきあってくれない専属作家となじめず、岩谷のようなフリーの作家に仕事を依頼することが多かった。ヒットを飛ばしこそすれ、専属作家を使わない彼に対して、社内での風当たりはだんだん強くなっていった。

そんな環境に嫌気がさして、1968年に新設されたばかりのCBS・ソニーレコード(現・ソニー・ミュージックエンタテインメント)へ移った酒井は、プロデューサーとして南沙織・郷ひろみ・山口百恵といったアイドルを世に送り出すことになる。このうち1972年にデビューした郷の「男の子 女の子」「裸のビーナス」「花とみつばち」など最初期の楽曲では、岩谷が詞を書いている。

衝撃的だった「裸で恋をしよう」という歌詞

岩谷の作詞家としての出発点は1953年、女優で歌手の越路吹雪の出演する舞台のため、シャンソンの名曲「愛の讃歌」を訳詞したことだった。

レコードに岩谷時子の名前がクレジットされたのは、1960年に森山加代子が歌った「月影のナポリ」(イタリアのカンツォーネ歌手・ミーナの「月焼け」のカバー)が最初である。同年には、この曲をデビューまもない双子の女性デュオ、ザ・ピーナッツもレコーディングしている。

ピーナッツにはこのあと、洋楽カバーではないオリジナル曲に詞をつけ、岩谷は売れっ子作詞家となる糸口をつかんだ。1962年の「ふりむかないで」の「今ネ 靴下なおしてるのよ/あなたの 好きな 黒い靴下」という歌詞や、翌年の「恋のバカンス」での「ため息の出るようなあなたのくちづけ」「裸で恋をしよう」といったフレーズなどは、当時の人々には衝撃をもって受けとめられたようだ。

男性では表現できないような微妙な恋愛心理を、大胆な言葉で表現し、それでいて上品で美しい。それこそが岩谷の作詞の真骨頂であった。その一方で、東宝の人気俳優だった加山雄三のため「君といつまでも」(1965年)、「お嫁においで」、「旅人よ」(いずれも1966年)などといった歌を書き、男心も描いてみせた(曲はいずれも加山が「弾厚作」の名で手がけている)。

1960年代半ば以降にはまた、作曲家のいずみたくと組んで、岸洋子「夜明けのうた」(1964年)、沢たまき「ベッドで煙草を吸わないで」(1966年)、ピンキーとキラーズ「恋の季節」(1968年)、1969年の日本レコード大賞を受賞した佐良直美「いいじゃないの幸せならば」などヒット曲を連発、黄金時代を築いた。

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一故人

近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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コメント

donkou 今週火曜に更新された 4年以上前 replyretweetfavorite

nijuusannmiri 昔、この人を描いたテレビドラマを見た記憶があるな。竹下景子が演じてたんだったか。 4年以上前 replyretweetfavorite

donkou ケイクス連載、更新されました。きょうから7日間は無料でお読みいただけます! 4年以上前 replyretweetfavorite