前編】“なきゃいけないコンテンツ”ってなんだろう

『電波少年』や『ウリナリ』などのプロデューサーとして知られる、日本テレビのバラエティ番組を代表するテレビマン・土屋敏男さん。あの有吉弘行を生み出したヒッチハイク横断企画などでは、T部長と呼ばれていましたが、今やT社長で、トレードマークの金髪もいまやさっぱりとした黒髪に。なにやら“テレビの真逆”のことをやるようなプロジェクト『LIFE VIDEO』の社長をやられてるとのこと。“みんな”ではなく、たった一人のためだけに作る『あなたの人生のビデオ』とは一体どんなものなのでしょうか。前編は、なんでもないような一般女性にインタビューをしながら、とてつもなくきらめくエピソードを取り出したお話です。

『T部長』から『T社長』へ

加藤貞顕(以下、加藤) 土屋さんのお父様の『LIFE VIDEO』を拝見しました。あれが最初につくったものなんですか?

土屋敏男(以下、土屋) 最初はその前の年、まだ『LIFE VIDEO』って名前がないころに、とにかく作ってみなきゃと思ってスタッフや知り合いに声をかけたんですよ。そしたら、がんにかかった女性で、初孫が3歳、その子が小学校に入るころには自分は生きていないだろう、自分の人生を残したいという依頼で作り始めたんです。だけど、病状が急変して亡くなっちゃったんですよ。まだインタビュー入る前、構成のお話をしている最中だったんですけど。

加藤 完成前にですか?

土屋 ええ。その後、息子さんが、「母が作りたいと言っていたことなので、四十九日に間に合うように作ってほしい」ということで、すぐに現地に行ってご兄弟や友人にインタビューをして作り始めました。その最中に『LIFE VIDEO』って名前を思いつき……。そのビデオと一緒に事業プランを日本テレビに出したら「じゃあ、いいんじゃない?」って。

加藤 なるほどー。あの、いきなりはじめてしまいましたけど、改めて日本テレビのT部長こと、土屋さんが現在取り組まれている『LIFE VIDEO』というプロジェクトを、簡単に説明していただけますか?

土屋 基本的にはその人の人生を、30分ぐらいのドキュメンタリーにするという事業です。ご本人のインタビューを撮って、写真をお借りして、そこにいろいろ足してゆく。我々テレビ局なんで、報道などのライブラリ映像がありますよね。「昭和××年に生まれた」とか、「その人のターニングポイントがバブル期にあった」とか、そういう映像を足せる。また読売新聞の過去の全紙面があるから、「この事件のときにこう思ってこうした」という時にも新聞記事が使えるんです。あとは、ナレーションをアナウンサーがやり、音楽をつけて作っていきます。

加藤 テレビで活躍されているアナウンサーの方がナレーションしてくださるんですか?

土屋 そうですね。元アナとかもいますし。


LIFE VIDEOプロモーション動画

加藤 とても贅沢ですね。料金設定はおいくらくらいなんですか?

土屋 今50万円から1000万までっていう、けっこう幅があるんですけど(笑)。

加藤 1000万! その規模だと、どんな感じなんでしょう?

土屋 実際にあったんですけど、すべて4Kカメラ(高解像度での撮影カメラ)を使って撮影をしてるんですよ。アメリカ在住の方なんですけど、美術品のコレクターで、その美術品を最高の映像で残したいという依頼だったので、4Kでの撮影を提案させてもらって、結構大きな敷地だったので空撮したりとか。

加藤 すごい(笑)。

土屋 あとは「この人のインタビューを撮って欲しい」という要望があって、また別のロケでニューヨークに何日間か行って取材したので、それらを全部足して、1000万くらい。

『テレビの真逆』ってなんだろう

加藤 土屋さんって、日本テレビでとんねるずの番組や『元気が出るテレビ!!』などやられてて、それで『電波少年』をやって、どれも「なるべく多くの人に届けよう」というスタンスでやってこられたと思うんですけど、それに対して『LIFE VIDEO』は、見る人がすごく少ないですよね? 「なんで、あの土屋さんがそれをやってるんですか?」っていうのが一番不思議だったんですけど、はじめから事業を立ち上げようとしたというよりは、個人的な依頼に応えることようとして始めたんですか?

土屋 いや、もともと映像を使ってテレビではないビジネスモデルができないのかなあとはいつも考えてたんです。インターネットが出てきたときに動画配信って形で第二日本テレビ(※1)という事業を社内で6年くらいやったり、その延長線上で間寛平さんとアースマラソン(※2)やったり。その前にも松本人志のオリジナルコント(※3)を作って有料課金をやってみたり、いろんなことやったんですけど、正直なかなかうまくいかなかった。ほかのことをやればやるほどテレビがとても強固なビジネスモデルだということがわかる。それとは別に、映像を作る技術を使って何か違うビジネスモデルができないか、っていうのがここ10年くらいのテーマだったんですよね。
※ 1 現在は『日テレオンデマンド』に名称変更しVODサービスを展開中
※ 2 タレントの間寛平がマラソンとヨットで世界一周したプロジェクト。日々の記録映像は公式サイトにUPされた
※ 3 2006年6月に第二日本テレビで有料配信された「Zassa」。松本人志5年ぶりのコント作品であった

加藤 はい。

土屋 テレビってやっぱり何百万、何千万の“みんな”に向かって作るわけですけど、個人的にはみんなが「わー」っと行くものの真逆にあるものがわりと好きなんですよね 。
 “テレビの真逆”ってなんだろう、って考えると、「たった一人のために作る映像」ですよね。それはたとえばその人生を映像化するっていうことです。テレビってチャンネルがたくさんあって、最近ではインターネットも含めて無限に選択肢がたくさんあるわけです。でも、自分が作ったテレビ番組も含めて、コンテンツって実はなきゃないでいいわけじゃないですか。見逃しても何とかなるわけですよね。それに対して、その人にとって“なきゃいけないコンテンツ”ってなんだろう? って考えると、その人の人生のビデオっていうことになりますよね。

加藤 なるほど。

土屋 「電波少年は視聴率30%を取った! すごいね」って言ってもらえたりするけど、番組が終ったときに、「とっても好きだったけど、なんで終わったんですか?」と言われてしまうんです。“なんで終わったか”っていうのは自分の中ですごく大事な物語なんだけど、見る人はそんなこと知らなかったり、逆に終わり方を知っていて前半を知らない人がいたり。
 『テレビ』っていう強固なビジネスモデルの中でコンテンツをつくって「みんな見てた」って言われるんだけど、「でも、みんなの人生の中でなくてもよいものだったんだよなあ」って思ってしまった。その時に、“なきゃいけないコンテンツ”を作ってみたいと思ったんです。

加藤 そうか、なくてはならないコンテンツっていうふうに……。

土屋 そうですね。ただ、やってみたときに、自分がそれをやり続けるだけのモチベーションを持ち続けられるのかなとは正直思いました。理屈的には“アリ”だけど、作ったときの反応も含めて、作り続けるだけのものがあるのかないのか。それは、やってみないとわからないじゃないですか。で、結論からいうと、“アッタ”んですよね。「ぜんぜん作り続けられるな」っていう。

その『一日』を語る彼女に震えた

加藤 インタビューの最初はどうするんですか?

土屋 50問くらいの『インタビューシート』を作って、書いてもらいます。すると、キーワードがあったり、“普通の人はこうなんだろうけど、なんかそうじゃないもの”が出てきたり。ここになんかあるんじゃないかなっていうアタリをつけた状態で取材に行くわけです。
 基本的には時系列で聞いていって、こちらが考えたアタリのうちのいくつかがコツンと、インタビュー中に音を立てて、そこから心がパーッと開かれる瞬間があるんですよね。

加藤 それは興味深いですねえ。それってその人自身もそこがおもしろいとか、いい話だとは気づいてないことすらありますよね。

土屋 一番最初にオーダーされた方は、役所に40年勤めて早期退職した女性だったんです。『LIFE VIDEO』やりますって発表して、それが日テレのニュースやいろんな媒体に紹介された時、すぐに問い合わせをいただきました。

加藤 最初から一般女性だったんですね。

土屋 はい。「新聞で読みました。わたし、ごく普通の一般人なんですけど、作ってもらえるんですか?」っておっしゃるので「いや、もちろんそういう方のために作りましたので、喜んでやらせていただきます」と。ただ、そうは言いながら、実はそんなに自信があったわけじゃなくて(笑)。

加藤 はいはい、やっぱり、最初は不安ですよね(笑)。

土屋 不安ですね。自分の親父のも作ったし、ポータークラシックの吉田克幸さんのも作ったんですけど、そういう年齢の人たちのビデオを作って、できそうだな、とは思っても、自分に関係のある人だから、どこか客観的に評価できないじゃないですか。

加藤 しかも男性のわりとがんばった人たちはまとめやすそうですよね。

土屋 でも、その一般女性のインタビューシートを見て、実際カメラを持っていって、4~5時間くらいかな? お話を伺って、その中で「娘を産んだ一日」って部分があったんですけど、その日を語る彼女を撮りながら、正直、震えました。「うわあ! こんなにすばらしい日。彼女にとって大切な一日であり、輝く一日があったのか」と。その一日の話が撮れたときに「あ、作れるな!」って、そう思いましたね。

加藤 ……。あの、聞いてるだけで、なんだかじーんとしてしまいました。

土屋 彼女は自立した一個人として育てられ、18歳で実家から送り出された後は、就職、結婚するまで、お母さんが一回も東京に来ていませんでした。そういう時系列に沿った積み重ねというひとつの人生の縦軸を聞くんです。
 考古学の発掘作業で骨をブラシでこう浮き出させるみたいな作業ってありますよね。そういう作業で掘り下げていった結果なんです。

加藤 へえー! おもしろい。

土屋 最後、試写の時に「自分の人生ってどうってことないと思ってたけど、まんざらでもないなって思えました。ありがとうございました」って言われたときに、やっぱり、すごくうれしかったですよね。「ああ、できるな、『LIFE VIDEO』ってやっぱり“アリ”だな」って(笑)。

ケイクス

この連載について

“テレビの真逆”を探す旅──日テレT部長こと土屋敏男インタビュー

土屋敏男 /cakes編集部

『電波少年』や『ウリナリ』などのプロデューサーとして知られる、日本テレビのバラエティ番組を代表するテレビマン・土屋敏男さん。あの有吉弘行を生み出したヒッチハイク横断企画などでは、T部長と呼ばれていましたが、今やT社長で、トレードマーク...もっと読む

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コメント

tiankou 防災情報。 5年弱前 replyretweetfavorite

TSUTIYA_ON_LINE 糸井さんのインタビューが面白過ぎ!沁み過ぎです。“@sadaaki: 日テレのT部長こと土屋さんがLIFE VIDEO” 5年弱前 replyretweetfavorite

sadaaki 日テレのT部長こと土屋さんがLIFE VIDEOというサービスをはじめられました。お話をうかがっています。 5年弱前 replyretweetfavorite

_ryh cakesでの土屋さん( @TSUTIYA_ON_LINE )の記事。これはめちゃめちゃおもしろい。 5年弱前 replyretweetfavorite