商社マンとして上り詰める主人公・壹岐正
シベリア抑留の話題にいったんけりを付けた後、主人公・壹岐正はようやく商社マンとして覚悟する。物語も当初の四巻本の二巻目の冒頭「第十四章 風雲」から新展開となる。作品は伏線を緻密に配した構成になっているので、二巻から読み始めるということはできないが、それでも「第十四章 風雲」からは、主人公に期待されているスーパーマンぶりが発揮される。しかし、遺憾なく、とまでは言えない。壹岐には独自の暗さが伴っている。
壹岐は大門社長の下、近畿商事の社員となるにあたり、自身の軍歴や軍人人脈を商売に使わないことを誓っていた。だが、防衛庁がライバル社・東京商事と政治家の都合で性能の不確かなグラント社の戦闘機を自衛隊に購しそうな経緯を知り、義憤から、軍人時代の人脈を使って、ラッキード社の戦闘機が購入されるよう対抗する。壹岐のめざましい暗躍は実を結ぶが、国家防衛上の大義があるとはいえ、結果的に友人を陥れ、自殺に追い込むまでのこともした。また、その恐ろしい才覚は、東京商事の辣腕ビジネスマン鮫島辰三からは敵意を、また自社・近畿商事の副社長・里井達也からは嫉妬を買うことにもなった。
なお、この戦闘機購入を巡る商社の話題は、設定されている1958年ごろの主力戦闘機導入にまつわる事実をある程度下敷きにしている。また連載時には、ロッキード事件の話題とも関連して社会的な話題となったものだった。
物語はその後、壹岐の軍人経験を生かした状況判断から第三次中東戦争が6日で終わることを予見したり、また大胆な海外展開構想を打ち出すなど、社内でめざましい才能を発揮をする。しかし、妻を事故で亡くしたり、社内抗争を避けたりすることなどから、日本を事実上追い払われ、アメリカ近畿商事の社長としてニューヨークを拠点としたビジネスにかかわることになる。物語もここで後半への転機を迎える。
当初の四巻本構成の後半になる三巻目はニューヨークでの正月から始まる。この地で壹岐は、日本国内三位の千代田自動車とアメリカ大手自動車企業フォークを提携させることを課題とするが、東京商事もまたフォークを挟んだ提携を狙ったり、自社・近畿商事の副社長・里井達也に阻まれたりと難しい局面が強いられ、成果を上げることなく苦悶する。しかしビジネスの不成功とは裏腹に壹岐への社内・社外からの信頼は高まり、社長に次ぐ地位にまで上り詰める。
壹岐が近畿商事のトップとなっていく過程と並行し、日本国家の命運にもかかわる次なる大きな課題として、石油確保のビジネスに取り組み、イランのサルベスタン鉱区の石油開発に乗り出す。しかし、困難な国際入札を制したものの、同鉱区からは石油は出ない。莫大な経費が消えていく。この状況もまた書名『不毛地帯』を暗示している。
物語から乖離していった現実
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