二〇〇七年二月九日 ニューヨーク ミッドタウン
カリカリに焼いたベーコンとフライドエッグを挟んだベーグルサンドの匂いが、エレベーター内に充満していた。扉近くに立っていた上司に眉をひそめられて、少しでも匂いを取り込もうと、ジャッキーは思いっきり深く息を吸った。そのせいで腹が鳴り、エレベーターの中に忍び笑いが広がった。
フロアに到着するなり、上司が呆れ顔で首を振った。毎朝セントラルパークを五キロ走り、ベジタリアンを自認している上司からすれば、ジャッキーの朝食は自殺行為に見えるのだろう。
「たまには別の物を食ったらどうだ」
大柄というだけでは理由にならないジャッキーのウエイトオーバーが、上司は気に入らないのだ。
「今朝は、レタス増量のスペシャルなんです。それに、コーヒーのミルクを抜きました」
並んで廊下を歩きながら、ジャッキーは抗議した。
「油分や塩分の取り過ぎはストレスの元だ。そのうえコーヒーは、イライラを助長する」
「なるほど。でも、食事ぐらい好きに楽しまないと、ストレスがたまるばかりじゃないですか」
個室に入りかけた上司が振り向いて、自席に着いたジャッキーを指さした。
「そこで食べるなよ。食事は、休憩室だ」
そんな堅いこと言わないで。既にベーグルにかぶりついていたジャッキーは、パソコンを起動させるためにディスプレイと向き合った。同時に画面中央に貼られたピンク色のポストイットが視界に飛び込んできた。
〝至急、オアシス・デスクまで来い! R.J.〟と走り書きされていた。
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