二〇〇五年秋 カリフォルニア州 ナパ
待ち焦がれていた〝
「はい、フォックスです」
「起こしてしまったかな」
寝起きをごまかせなかった。声の主が思いつかず、耳から電話を離し、ディスプレイを見た。全米屈指の投資家サミュエル・ストラスバーグの名が表示されているのに気づくなり、体を起こした。
「おはようございます、おじ様」
人嫌い、なかでも投資銀行マンを毛嫌いしているストラスバーグに、おじ様などと馴れ馴れしく言える金融マンは、アメリカ広しといえどもジャッキーだけだった。優秀だからではない。彼女の祖父とストラスバーグが親友だったからだ。
「実家に戻っているそうじゃないか」
伝えた記憶はない。だが、彼はキーウエストに居ながらにして、世界中のトップシークレットを手に入れる。投資銀行のしがないアソシエイトの居場所を知るぐらい、造作もあるまい。
「ようやく夏休みをいただいたんです」
「ゴードンもスーザンも元気かい」
「おかげさまで。父は、ますます気むずかしくなりましたが」
「西海岸の太陽もワインも、あれの性格を変えられんわけだな」
投資銀行家だった祖父とそりが合わなかった父は、大学進学を機にカリフォルニアに移って以来、ずっと住み続けている。何度か、ストラスバーグが父子の仲介役を買って出てくれたが、折り合えぬまま祖父は昨年、帰らぬ人になった。
「それで、ご用件は何ですか」
忙しいストラスバーグが、単なる世間話のために早朝から電話かけてくるはずがない。太平洋標準時で午前四時四九分、東部標準時のキーウエストでも、まだ八時前だ。
「個人で投資顧問をやっている男に、一〇本ほど預けていると以前に話したのを、覚えているかね」
米国有数の大手投資銀行
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