「無重力アイドル」としてのPerfume
2013年8月4日の午後7時15分ごろ、もうすぐ32歳になる1人の男が人ごみの中で号泣していた。
場所は茨城県の国営ひたち海浜公園。3日間にわたって行われてきた「ROCK IN JAPAN FES 2013」の大トリを務めるアーティストの演奏が始まったところだ。ステージにいるのは3人の女性のみ。彼女たちは楽器も持たずに数万人の群衆と対峙し、キラキラしたトラックと派手な照明をバックにクールなダンスを踊り始めた。
ステージにいる3人の女性のことを知らない人はもはやだいぶ少なくなっただろう。大会場でのコンサートを次々に成功させて今度はその活動範囲を世界に広げるPerfumeは、今では日本を代表するポップグループの一つと言える。
そして、そんな彼女たちを見て人目をはばからず咽び泣いているのが、何を隠そうこの文章を書いている僕である。ほんの少しだけ自己紹介をさせていただくと、運営する音楽ブログがきっかけで雑誌やトークイベントなどで意見を発信する機会を時たまいただいている「一介の音楽好き会社員」だ。
僕は、Perfumeと出会ったことで新しい音楽の楽しみ方を知った。「アイドル」と呼ばれる女の子たちの音楽を偏見なく聴くことができるのは、間違いなく彼女たちのおかげである。また、いくつもの苦労を乗り越えて真摯に、そして爽やかに活動するPerfumeの姿に勇気づけられたこともたびたびある。
「自分で曲を作るわけでもない」「特別歌がうまいわけでもない」「はっとするほどの絶世の美女というわけでもない」、一見何一つ特別なものを持ち合わせていなさそうな彼女たちに、なぜ僕はハマってしまったのか。その理由を、この原稿を通して探してみたい。
「アイドル」か「アーティスト」か、それが問題……じゃなくなった
あなたにとって、Perfumeというグループは「アイドル」「アーティスト」どちらのカテゴリーに入るだろうか? おそらくその答えは割れるのではないかと思う。「アイドル」と呼ぶには少し年齢が高めだし、曲を自分で作るわけでもない人たちを「アーティスト」と呼ぶのもそれはそれで微妙かもしれない。僕自身も悩んでしまう問いではあるのだが、「芸能養成所でダンスと歌を学びながらデビューを目指していた」という出自に敬意を表して、仮にPerfumeは「アイドル」であるとまずは位置づけてみたい。しかし、「アイドル」と言った瞬間に、外野からこんな野次がとんでくるかもしれない。
「フリフリの衣装を着て男に媚び売ってるんだよね?」
「恋愛禁止とか非人間的すぎる」
「いいよね、パフォーマンスがしょぼくても売れるんでしょ」
「自分で曲書いてないってことは、要は操り人形ってことだよね」
これらの野次は、今のPerfumeにとって正当性のあるものだろうか? 答えはNOだ。その理由についてはこの後じっくり説明させていただくとして、重要なのはPerfumeの3人がこれまでの活動を通してその実力を周囲に認めさせることで、こういった「アイドル特有の呪縛」からどんどん自由になってきていることである。
ここで、2009年リリースの3枚目のアルバム『⊿』に収録された『Zero Gravity』という楽曲の歌詞を紹介したい。「重力から自由になろう」と歌うこの曲は、「アイドル」というものに紐づく有形無形の圧力をはねのけて今のポジションを確立したPerfumeのことを讃える曲のように僕には聴こえる。
空へとジャンプするのに 邪魔なのはホントに重力?
さぁ飛ぼう 心はいつだって自由さ
Zero Gravity 解き放てキミの心は
そう freedom high and low
ほら とらわれないで
see the new world きっと見渡す限りの光
Zero Gravity Gravity 鍵はキミの中にあるよ
「Zero Gravity」ライブ映像(非公式)
改めて、Perfumeとは「アイドル」なのか、「アーティスト」なのか。
僕はこの問いに、「Perfumeとは“無重力アイドル”である」と答えたい。
アイドルとしての出自を持ち、「歌って踊る」というアイドルとしての活動形態をとりながら、「アイドル」という言葉にまとわりついたあらゆるネガティブイメージから自由になって、軽やかに日本の音楽シーンを遊泳している。それが、Perfumeである。
僕は必ずしも彼女たちの古参のファンというわけではないが、それでもブレイク当時からのファンとして、彼女たちが「無重力状態」となって支持層を拡大していく様を見てきた。一方で、「無重力」に達するまでに直面した苦難や葛藤も目の当たりにしてきた。だからこそ、ロックインジャパンの大トリでパフォーマンスする3人を見た時に、僕は涙が止まらなかった。
「ロックフェスのトリが演奏してない人たちとか笑」「どうせ口パクでしょ」そんな低レベルの批判を粉砕するような、圧倒的な熱量があの場にはあった。数多の挑戦や成功体験を経てありとあらゆる「重力」から自由になった3人は、数万人規模のステージだってものともしないということを見せつけてくれた。
僕はそれが本当に嬉しかったのである。
それでは、Perfumeの3人はどのようにしていろいろなものから自由になっていったのだろうか。その過程を、僕の「Perfume体験」の記憶を辿りながら見ていきたいと思う。
「アイドル」と「ロック」の壁を壊した5年前の夏の日
「こんなにお客さんたくさんいて、今は他のステージやってないんですかね?」
2007年12月28日の午後1時半過ぎ。
もう6年も前のことなので一字一句正確ではないかもしれないが、ステージ上の3人は確かにそういう旨のMCをしていた。もちろんそこには冗談めいたニュアンスが含まれていたが、いっぱいのオーディエンスで埋まった景色に彼女たちは本気で驚いていたのだと思う。そして僕は、そんな彼女たちの姿を「これがPerfumeか……」という感動とともにぼんやり眺めていた。
これは、年末に幕張メッセで毎年行われるロックフェスティバル「COUNTDOWN JAPAN 07/08」での一コマである。この日は僕にとって記念すべき「初めてPerfumeのライブを体験した日」であった。
歌って、踊って、喋って、そして笑う3人の女の子からほとばしる「生き物」としてのエネルギー。その後ろにはバキバキのダンスビート。
「ライブ」と言えばいわゆる「ロックバンド(主に男性)」のものしかイメージできなかった自分にとって、その体験はあまりにも衝撃的だった。
僕がPerfumeに出会ったのは、このライブの3か月ほど前である。サッカー日本代表の試合を見るために仮眠から目覚めた深夜、たまたまテレビで流れていたACの広告で存在を知った。なんだか奇妙な人たちだなと思って調べてみると、いくつかの情報が手に入った。広島県出身であること、楽曲は中田ヤスタカが作っていること、ミュージシャンにもファンが多数いること、あのCMの曲は『ポリリズム』というタイトルで、それ以外にもすでに多数作品がリリースされていること。
ACジャパン CM(2007、非公式)
中でも、メロディラインが自分好みで一発で気に入ってしまったのが『コンピューターシティ』という曲である。
Perfume「コンピューターシティ」ミュージックビデオ
黒バックの世界で踊る、白い衣装を着たまだあどけなさの残る3人の少女。ぎこちない恋愛模様を比喩的に描いた歌詞と、鳴り止まない電子音。僕はこの曲を聴いた時、「かわいい」と「かっこいい」は決して背反する概念ではないということを知った。「かわいくてかっこいい」、これがPerfumeについて最初に持った印象である。
「COUNTDOWN JAPAN 07/08」で初めて見たPerfumeは、確かにかわいくてかっこよかった。前述の『コンピューターシティ』にも大感激した。ただ、ロックフェスティバルというシチュエーションにおいて、その魅力はまだまだ一部の人にしか知られていないものだった。彼女たちが出演したのは、このフェスでは最も小さい4,000人規模のステージ。開演時には満杯になっていたが、ライブスタートの30分くらい前の段階では客席はガラガラだった(おかげで僕は初めてのPerfumeを最前列かぶりつきで堪能することができた。きっとこんな贅沢な経験はこの先できないんだろうなと思う)。
まあ彼女たちは「アイドル」だし、「ロック」フェスでメインアクトになり得ないのは仕方ないわな。こういう人たちにはまった僕が少し特殊なのかもしれない。そんな風に思った。当時の公式レポートにも「新世代アイドル爆弾」なんていう、飛び道具感のある言葉が躍っていた。
しかし、それから8か月後、事態は思わぬ方向へ進む。
2008年8月2日、午前9時半ごろ。
僕は「ROCK IN JAPAN FES 2008」の会場、ひたち海浜公園に設置された2番目に大きいステージにいた(ちなみにこのフェスには2000年の初回から2013年まで、毎年欠かさず参加している)。最初のアクトが始まるのは10時40分ごろ。ずいぶん余裕をもって会場に着いたつもりが、そこにはすでに人、人、人。集まっている人たちが着ているのはELLEGARDENのTシャツ、マキシマム ザ ホルモンのTシャツ、そしてフェスのロゴの入ったTシャツ。ありとあらゆる人々が、1時間以上前からそのステージのトップバッターを待っていた。
彼らが待っていたのは、大御所のロックバンドでもなければ新進気鋭のパンクバンドでもない。
ちょうど1年ほど前にブレイクしたばかりのアイドル、Perfumeだった。
ステージに3人が現れるとそこに集まった様々な人種は一斉に踊り、ジャンプし、その空間はちょっとした半狂乱状態となった。入場者は増え続け、1万人規模のステージは入場規制に。「ロック」とは畑違いのアーティストが繰り広げたこの日のパフォーマンスは、この年のフェスシーンにおける一つのハイライトとなった。
近頃の「アイドルブーム」において、「どのアイドルが、アイドルとロックの壁を壊すか」なんて議論が各所で生まれている。今年の夏は多くのアイドルがロックフェスティバルに出演したのも記憶に新しい。だが、今から5年前、2008年の段階で、Perfumeは「シーンの盛り上がり」なんてものを必要とせずに、「アイドルとロックの壁」をぶち破っていたのである。
後付けで考えれば、ここにはいくらかの理由を見出すことはできると思う。アルバム『GAME』のヒットで存在を知り、当時のシーンでは物珍しかった「アイドル」を見たいと思った人たちが大挙した。マキシマム ザ ホルモンや9mm Parabellum Bulletなどの「暴力的な音」がキッズに浸透していく中で、音圧のあるPerfumeのサウンドがスムーズに受け入れられた。ロックフェスへの参加者が「ロックたるもの……」みたいな堅苦しいことを考えなくなってきた、などなど。
ただ、僕としてはこういった意味づけをするよりも、「昨今話題になる “アイドルとロックの壁” なんてものをPerfumeはとっくの昔に壊していた」という目の前で目撃した事実を大事にしたい。それは間違いなく、一つの歴史が生まれた瞬間であった。
この頃のPerfumeの孤軍奮闘があったからこそ、2013年の「ロックフェスにおけるアイドル百花繚乱状態」があると言っても過言ではない。Perfumeによって、ロックファンは(もちろん僕も含めて)、そしてロックフェスティバルのオーガナイザーは、「フェスにおけるアイドルの楽しみ方」を学習していった。今年たくさんのアイドルが出演したROCK IN JAPAN FESとSUMMER SONICが、かつてブレイク直後のPerfumeをブッキングしていたのは偶然の一致ではない。
ブレイクから程なくして、Perfumeは「アイドルとは」「ロックとは」というジャンルの重力から自由になった。
(次回の更新は11月6日水曜の予定です)