第1回】作家と同じ船に乗りたかった

『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』など、数々の大ヒット作品の編集を担当した敏腕編集者、佐渡島庸平さん。今年の10月に講談社から独立して、新しい会社を設立しました。「日本に作家のエージェント業を根付かせたい」という佐渡島さん。新会社「コルク」に込めた思いを伺いました。第一回目は、佐渡島さんにとって編集者とはどんな仕事なのか。講談社での10年間を振り返っていただきました。聞き手は『文章ってそういうことだったのか講義』の古賀史健さんです。

編集者とはどんな仕事なのか?

— 今日は佐渡島さんにインタビューできること、楽しみにしていました。そしてまずは新会社コルクの設立、おめでとうございます。

佐渡島庸平(以下、佐渡島) ありがとうございます。

— じつは僕、佐渡島さんがエージェントをやりたいという話って、去年くらいから聞かされていたんですよね。

佐渡島 ええ、そうでしたね。

— でも当時はなぜエージェントなのか、佐渡島さんがエージェントになってなにをやりたいのか、よくわかっていませんでした。そしてこうしてコルクが船出したいまも、まだ完全に理解できているわけではありません。なので今日は、佐渡島さんがなにを考え、どんな未来を見つめているのか、読者の方々と一緒に知っていけたらと思っています。

佐渡島 はい。よろしくお願いします。

— まず、単刀直入に聞きます。佐渡島さん、編集者を辞めちゃうんですか?

佐渡島 えっ?

— 佐渡島さんは講談社『モーニング』のなかで、たくさんのヒット作に関わってこられた編集者です。ざっと思いつくだけでも『バガボンド』や『ドラゴン桜』、それから『働きマン』に『宇宙兄弟』といった大ヒットマンガがありますね。さらには、伊坂幸太郎さんの『モダンタイムス』や平野啓一郎さんの『空白を満たしなさい』といった文芸作品もそうです。もっというなら、僕自身も『16歳の教科書』シリーズなどでご一緒させてもらいました。たしか今年が入社10年目でしたよね?

佐渡島 はい、ちょうど10年ですね。とても充実した10年間でした。

— いろんなご苦労もあったでしょうけど、10年かけてマンガも文芸もノンフィクションも、なんでも好きなことをやれるフリーハンドを手に入れていったわけです。そんな佐渡島さんが、あえて講談社を飛び出してエージェント業を起ち上げる。これは編集者を辞めて、別の職種に鞍替えするということなんでしょうか?

佐渡島 いえ、編集者を辞めるわけではありません。むしろまったく逆だと思っています。僕はこれまで以上に編集者であることを追い求めていきたいし、そのためにも自分にとって編集者という仕事がどんな仕事なのか、再定義するべきだと思ったんです。

— 編集者という仕事を再定義する? なにかきっかけのようなものがあったんですか?

佐渡島 入社3年目か4年目のころ、当時担当していた井上雄彦さんの『バガボンド』が休載することになって、井上さんと先輩編集者の3人で飲みに行ったんですよ。そのとき、井上さんがポロッと「やっぱり『バガボンド』のことを誰よりも真剣に考えているのは、俺なんだよな」とつぶやかれたんですね。それがなんというか、すごく寂しそうな、もどかしそうな表情で。

— 作家の孤独を垣間見た。

佐渡島 そう。僕も先輩編集者も『バガボンド』が大好きで、井上さんのことも大好きで、それこそ井上さんと同じくらい真剣に考えているつもりだったんです。好きだからこそ休載してほしくなかったし、そのために自分になにができるのか考え尽くして、24時間365日、ずっと井上さんと『バガボンド』のことを思っているような日々でした。
 けれど、作家の目から見るとそうではなかった。まだまだ十分なサポートを提供できていなかったし、編集者にできることには限界があるのかもしれないと気づかされた。
 このひと言をきっかけに「編集者ってなんだろう?」と考えるようになっていったんです。

僕は大ヒット請負人ではない

— それで答えは見つかったんですか?

佐渡島 答えはひとつじゃないですよね。たとえば、作家と一緒になってストーリーを考えるのが編集者の仕事なんだ、という考え方もあるでしょう。それはひとつの価値観として十分ありえるし、うまくいっている例もある。

— 編集者出身で、いまはマンガ原作者として活躍されている方もいますよね。

佐渡島 はい。でも僕の場合、たまたま最初から井上雄彦さんにつかせていただいて、その後も『ドラゴン桜』や『エンゼルバンク』で三田紀房さん、『さくらん』や『働きマン』で安野モヨコさん、それから『宇宙兄弟』で小山宙哉さんと、ストーリーに関して僕が手助けする必要のない作家さんたちばかりを担当させていただきました。みなさん超一流のストーリーテラーですから。
 じゃあ、僕にできることはなんなのか。編集者ってなにをやるべき人間なのか。編集者は原作者になるための準備期間なのか。

— 佐渡島さんの答えは?

佐渡島 まず、作品づくりの最終責任者は作家です。たとえばストーリーについても、原則として作家がひとりで苦しみ抜いてつくるべきものだと思っています。作家が自分の名前で勝負しているかぎり、そこの苦しみを僕らが肩代わりすることはできません。
 では、編集者はどこに責任を持つかというと、やっぱり作品を売り広げていく責任者なんですね。自分が「おもしろい」と太鼓判を押した作品について、ひとりでも多くの読者に読んでもらうために最大限の努力をする最終責任者。それが編集者じゃないかと。

— 作品の内容については作家が責任を持って、その作品を売っていくことについては編集者が責任を持つ。

佐渡島 そうです。自分が受け取った感動を、より多くの人に伝播させる仕組みをつくること、ですね。

— ああ、自分の感動が先にあるわけですね。

佐渡島 もちろんです。僕は宣伝プロデューサーではないし、大ヒット請負人でもない。自分の心が震えない作品について「これを100万部売ってくれ」と持ち込まれても、本気になれませんよ。
 たとえば『宇宙兄弟』は映画も公開されたし、アニメ化もしています。また、ミュージシャンや各種イベントとのコラボレーションも積極的に仕掛けてきました。こうした派手な部分だけを見ていると、編集者としての僕は「なんだか楽しそうなことをやってる人」に映るのかもしれません。
 でも、それは僕が『宇宙兄弟』と小山宙哉さんのことが大好きで、もっと多くの人に読んでもらいたいと思ってるからやっているだけなんです。決してメディアミックスをやってみたいからではない。『宇宙兄弟』を読んでもらいたい、この感動をもっと多くの人に共有してもらいたい、が先です。

— じゃあ、そうやってひとりでも多くの読者に読んでもらった先には、なにがあるんでしょう? たとえば「この作品が世に広まれば、世界が変わるはずだ」みたいな確信があるんでしょうか?

佐渡島 いや、僕は自分の担当する作品で世の中を変えたいとか、世界をひっくり返してやりたいとか、そんな高尚なことは思っていないんです。ひとりでも多くの人に読んでもらえれば、ひとりでも多くの人が楽しくなれる。喜びや感動の輪が広がっていく。そのくらいの認識です。どう言えばいいのかな、子どもが自分の大好きなおもちゃを「これすごいだろー」と自慢して回っているのと、あまり変わらないんですよ(笑)。
 あとは……うーん、そうですね。編集者の醍醐味って、占い師に似たところにあるのかもしれません。

— 占い師?

自分の予言に責任を持つ占い師

佐渡島 たとえば編集者って、まだなんの結果も出ていない新人に向かって「あなたは将来すごいものが描ける!」と言ってしまう職業なんですよ。あるいは新連載がはじまるとき、編集長や周囲の人たちに「これはとんでもない連載になりますよ」と予言してしまう。

— まさに予言者、占い師ですね(笑)

佐渡島 ただし、占い師は自分の予言した結果について責任が持てません。それに対して編集者は、自分の予言に責任が持てるんです。だって、作品づくりにたずさわって、実際に売り広げていくのは自分なんだから。

— ははーっ。そうか、予言を的中させる手段を持ち合わせている。

佐渡島 たとえば僕は、小山宙哉さんを新人時代から担当していますが、彼のことは一貫して「すごい作家になる」と言い続けてきました。もちろん、最初は彼の才能を疑問視する声も聞こえてきたし、『宇宙兄弟』の連載がはじまった当初も、半信半疑の人は多かった。

— あっ、もしかしたら僕もそのひとりだったかもしれません。なんで佐渡島さんがあそこまで小山さんをプッシュしているのか、不思議に思っていた時期がありました。

佐渡島 でしたよね? でも、回を重ねるごとに周囲の目も変わってくる。「宇宙兄弟おもしろいね」「来週どうなるの?」みたいな声が聞こえてくる。アンケートや部数の結果もついてくる。僕が大好きだったものを、みんなが大好きになってくれる。

— うんうん、そうなんですよ!

佐渡島 そして気がつくと「彼はすごい作家になる」という、誰も信じてくれなかった予言が的中している。これは編集者をやっていてよかったと思える、最高の瞬間ですよね。

— 作家の才能をひたすら信じて、そこに全精力を傾けてきたわけですからね。それにしても編集者が「自分の予言に責任を持つ占い師」だというのは、まさにその通りだなあ。

佐渡島 占い師というのは、別に編集者に限った話じゃないでしょうね。たとえばスティーブ・ジョブズもそう。ジョブズが予言した未来を実現するために、誰よりも真剣に取り組んだのはジョブズ本人でしょう? 彼はすばらしい未来を予言しただけではなく、自らの予言に責任を持ったわけです。

— そう、そこなんです。佐渡島さんの話をうかがっていると、随所に「責任」という言葉が出てきますよね?

佐渡島 ああ、たしかに。「責任」という言葉は、今回の独立・起業を決断する上でのキーワードだったかもしれません。僕がエージェントをはじめる大きな理由として、自分の担当作家や担当作に最後まで責任を持ちたい、という思いがありましたから。

— 具体的にいうと?

佐渡島 学生時代に僕がイメージしていた編集者って、「作家と同じ船に乗る人」だったんですよ。でも、どんなに同じ船に乗っていきたいと思っても、それができない制度上の壁がある。たとえば僕が管理職になってしまったら、作家の船から降りなきゃいけない。出版社に居続けるということは、いつか船を降りることを意味しているんです。
 そこで僕は出版社という大きな船から降りて、作家と同じ船に乗り続けることを選択しました。エージェントをはじめることは、作家に対して「あなたと同じ船に乗ります」と宣言する、僕なりの決意表明だったんです。

— なるほど、冒頭の井上雄彦さんの言葉につながってきますね。

佐渡島 ええ。どうすれば作家と同じ船に乗り続けられるか。どうすれば自分の責任を全うできるか。その答えが、作家のエージェントになることだったんです。

【第2回】エージェントが提供するサービスとは

 

佐渡島庸平(さどしま・ようへい)
1979年生まれ。南アフリカで中学時代を過ごし、灘高校、東京大学を卒業。2002年に講談社に入社し、週刊モーニング編集部に所属。『バガボンド』(井上雄彦)、『ドラゴン桜』(三田紀房)、『働きマン』(安野モヨコ)、『宇宙兄弟』(小山宙哉)など、数々のヒット作の編集を担当する。2012年に講談社を退社し、作家のエージェント会社、コルクを設立。
コルク:http://corkagency.com/
Twitterアカウント:@sadycork

インタビュー
古賀 史健(こが・ふみたけ)

フリーランスライター。1973年生まれ。一般誌やビジネス誌で活動後、現在は書籍のライティング(聞き書きスタイルの執筆)を専門とし、実用書、ビジネス書、タレント本などで数多くのベストセラーを手掛ける。臨場感とリズム感あふれるインタビュー原稿にも定評があり、インタビュー集『16歳の教科書』シリーズ(講談社)は累計70万部を突破。2012年、初の単著となる『20歳の自分に受けさせたい文章講義』(星海社新書)を刊行した。cakesでは『文章ってそういうことだったのか講義』を連載中。
ブログ:FUMI:2
Twitterアカウント:@fumiken

 

コルク

この連載について

コルクの船は世界へ漕ぎだす—佐渡島庸平インタビュー

古賀史健

『ドラゴン桜』『働きマン』『宇宙兄弟』など,、数々の大ヒット作品の編集を担当した敏腕編集者、佐渡島庸平さん。今年の9月末に講談社から独立して、新しい会社を設立しました。「日本に作家のエージェント業を根付かせたい」という佐渡島さん。新会...もっと読む

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