翻訳する洋書はすべて電子版、でも普段は紙の本
—— 山形さんは80年代から翻訳のお仕事をされていますが、インターネットが普及してから仕事の仕方が変化しましたか?
山形 2000年を超えたあたりからでしょうか。それまではパソコンで字を打つことはできても、インターネットが普及していないので、調べ物は資料を別に持って行かないと話にならなかった。
—— どんなところでも、パソコンがあれば仕事ができるようになりましたよね。
山形 今はそうですね。原書はデータでもらえますし、資料もほとんどは検索で片がつく。仕事も必ずしも家と会社でやっているわけではありません。年の半分くらいは本業の途上国援助のコンサルティングで海外にいるので、翻訳仕事なんかはホテルの部屋でやっている場合も多い。
—— これが翻訳するときの画面ですか。
山形 左に原書、右にワードを開いて翻訳文を書いていきます。これは、一回訳したのを見なおしているところです。普通は原書がPDFでくるので、それをTeXを使って処理してテキストエディタで開いている場合が多いです。
—— 翻訳する書籍や論文は、何を基準に選んでいるんですか?
山形 自分が勉強するために翻訳することが多いですね。ポール・クルーグマンの本で最初に訳した『クルーグマン教授の経済入門』(ちくま学芸文庫)も、日本で住専問題が話題になっていた時にそれに関する章を訳して、バブルのあとで企業買収が問題になった時に企業買収の章を訳して……とやっていたら、半分くらいできちゃった。他の本も、気になっていた論文を読むついでに訳してしまおう、というのがだいたいの発端です。
—— 山形さんは翻訳のスピードが速いとおうかがいしたのですが、どれくらいのペースで訳されるんですか?
山形 1ページ20分くらいですかね。250ページくらいの本だと、専念すれば1冊10日から2週間くらいで翻訳できると思います。普段は仕事と並行しているので、1ヶ月から1ヶ月半くらいかかります。
—— 250ページくらいの洋書を日本語に訳すと何ページくらいになるのでしょうか。
山形 ページ数は似たようなものだと思いますよ。ページ数というか、データ量が同じくらいなんですよね。
—— なんとなく、漢字を使う日本語のほうが減るようなイメージがありました。
山形 文字で考えると、英語の“milk”は4文字、日本語の「牛乳」は2文字なので、文字数がだいぶ減りそうな気がしますけど、半角アルファベット1文字はデータで表現すると1バイトですよね。一方、日本語の全角文字は1文字で2バイト。データ量としては同じなんです。実際訳してみると、漢字などで文字数が減ってもデータ量で見れば同じくらいになる感覚があります。
—— たしかにそうですね。cakesの連載「新・山形月報!」を見てもわかりますが、山形さんは洋書も含め読書量もすごいですよね。英語圏では電子書籍が普及しているイメージがありますが、最近はKindleなどで読むことも増えましたか?
山形 仕事で新しい本の翻訳を頼まれた時に、Kindle版を購入することはありますが、普段の読書でKindleはほとんど使いませんね。僕は古いのかもしれないけれど、好きなときにぱっと手にとって読むには、まだ紙のほうが気楽というか、優位性があると思っています。雑誌なんかは特にそうですね。
—— 感覚的な問題なのでしょうか。
山形 たぶんね。僕は、おもしろい記事はビリっとやぶってとっておくんです。そのうちウェブ上でクリップしたほうが早いということになるんだろうし、慣れの問題だと思います。僕としてはまだ過渡期なんですよ。検索してデータを見つけ出すのと、物理的に「なんとなく、このあたりに置いた」って本を手に取るのと、どちらが早いかというと、拮抗するくらいなんじゃないかな。
—— 瞬時に検索する、という習慣はまだ身についていない。
山形 そこまではいってないですね。そうなんだよなあ、タブレットを使ってないので、検索するにはコンピュータを開かなきゃいけないし、その過程がまだ少し面倒。物があるならとりあえず見せろや、という感じです。でも会社の新人なんかを見ると、むしろ電子化されたものの方に慣れていて、報告書を作成するときでも図のデータが貼り付けられないと、とたんにパニックに陥る(笑)。そういうときは、とりあえず空白にして出力して、あとで図だけ糊で貼ればいいじゃないですか。
—— アナログの技ですね(笑)。
山形 そう。でもその子たちは思いつかないみたいで、「ああっ!そんな方法が!すごい!」って感動されるんですよ(笑)。「いや、すごくないから、普通だから」って。それはもう、流派の違いなんだろうと思います。