道徳の時間

第3回】原発問題を道徳で考える

評価経済など新しい資本主義が加速しはじめた21世紀。 そんな新時代の「道徳」とは、一体どんなものでしょうか。 未来社会をサバイブする岡田斗司夫が、 ゲストとともに様々な事例を引用しながら、 現代の「道徳」について考えていきます。

—前回、原発問題も道徳の話になるというお話が出ました。

岡田 なりますよ。「エネルギー政策的に必要でしょ」と言っている人たちの議論と、「そうだとしても嫌だ」と言っている人たちの議論は噛み合わないでしょう。後者は、感情論として知識人には切り捨てられています。でも、本当はその「嫌だ」「嫌じゃない」の議論を深めて前提を共有しないと、うまく落としどころを見つけられないんですよ。

—感情的な部分というのは果たして議論として深められるのか、というところに不安を感じています。

岡田 深めざるをえないんです。育児をするようになったら、否応なく必要になる。子供に社会問題について説明するときに、理屈をいくら説明してもしょうがない。経済の話や合理性の話だけでは、子供は納得してくれません。“大人だまし”が通じないんです。

—たしかに、育児をすると、物事に対する感情面の説明を深めざるをえないですよね。岡田さんご自身の、原発問題に対する立場はいかがでしょうか。

岡田 僕自身は、原発再稼働に賛成なんです。現時点では、原発を完全に廃炉にすることができないから。原発を廃炉にするには、ノウハウにしても優秀な人材にしても、今の十倍くらい必要ですよ。多分50年後か100年後になるんじゃないかな。だから、ひとまず原発を再稼働させて、徐々に廃炉プロセスに移行していくことが必要だと思っているんです。もっとも、日本国中でいっせいに原発を稼働している必要もなくて、大多数は停止しておけばよい。現在の被災地内の原発は再稼働させて、それをゆっくりと廃炉にさせていくというイメージがいいのではないかと考えています。

—なるほど。

岡田 これはあくまで、知識人としての考えです。でも、そのベースには、「原発があるのはよくない」と思っている道徳感覚があるんですよね。だから、「廃炉にしないといけない」という思考になっている。そういう整理をするだけでも、頭がすっきりしますよ。

—原発問題をもっと道徳感覚に寄り添って考えると、どうなるんですか?

岡田 まずは、やった人に謝ってもらおうか、って話になりますよね(笑)。ここまで進めてきた人にきちんと謝ってもらわないと、どうにもこうにも収拾がつきません。その人達に謝ってもらったうえで、今度は僕らが日本人として、今まで原発を放っておいたことを反省すべきかどうかを考えないといけない。これは、 反省した方がいいだろうなと思っています。事故が起きる前から、原発反対派がいて危険性を主張していたわけだから。その反対派の人に「ざまあみろ」と言われたら、謝るしかない。

—原発について考えずに放置してきたことを謝る?

岡田 そうそう。でも、それを言いだすと、市民一人ひとりが、社会問題の細かな責任すべて負わなければならなくなりますよね。それはそれで、現実的ではない。実情として原発を持たないといけない部分もあったわけですし。これは、自衛隊問題とも似ています。道徳としては、軍備をもつのに反対したいし抵抗があるんだけど、持たざるを得ないから自衛隊がある。日本人は道徳として原発にNOを出したというのは認めておいて、でも実情として持たざるを得ないので、今再稼働かどうかでもめていると考えることができますね。

—そう考えると、道徳は本当にいろいろなトピックにかかわるものですね。

岡田 青少年育成条例はアリかナシかとか、幼女と結婚していいかとかね(笑)。あと、同じ問題をめぐっても、視点のとり方によって違う議論が可能になります。
前回のいじめの話の際は、周辺問題として、いじめの加害者の名前を晒すことの是非を語りましたよね。原発問題についても、再稼働の是非の話以外に、原発デモに参加するかどうか、といった問題の立て方ができます。

—反原発派なら行くべきだ、といった話ではダメなんですか。

岡田 ダメです。だって、原発デモをやったからって原発が停止するわけではないでしょう? 地方に住んでいるからとか、一般人の自分が行ってもしかたないとか、騒いでいる人といっしょにされてしまうのは嫌だなあと思って、デモに行かない人がたくさんいますよね。

—たしかに。

岡田 これは、いじめ加害者の名前を晒す人は嫌だけど、アメリカンヒーローには憧れるという話と同じく、自我の不備の問題なんですよね。僕が面白いと思うのは、宮崎駿さんのスタンスです。あの人は原発反対派で、原発の電気は使いたくないと言ってデモにも参加するのに、電気を大量に使うアニメ制作はやめたくないわけでしょう。ものすごく矛盾していますよね。道徳的に考えた結果ではなくて、自分はそうしたいから、ということで行動している。僕達がそれに対して違和感を覚えるというのは、道徳的な考え方なわけです。


—なるほど。

岡田 自我の不備を補うためには、感情面を丁寧に分析していって、合理性との折り合いをつけて、「こうすべきじゃないか」という道を探す必要がある。例えば、デモの規模が100万人くらいになったら、原発の稼働にも影響を及ぼせるだろうから自分も行くべきだろうとか。つまり道徳というのは、感情の議論ではあるんですけど、純粋に個人の好き嫌いで決まるわけではなくて、「こうしないといけないだろう」という、周囲に合わせたバランス感覚なんですよ。それは自分だけが納得する解答ではなくて、周囲も納得できる解答を目指さないといけません。


—岡田さんご自身は、原発デモへの参加の是非について、すでに道徳的な解答を持っているんでしょうか?



岡田 僕自身としては、年内にデモがあと数回予定されていたとしても、多分1回も行かないと思う。それは、面倒くさいからとか恥ずかしいからとかではなくて、今は日本国民がデモ参加を求められているときじゃないと思っているからなんです。
 でも、他の人に対して「デモに行くべきではない」と言い切ることは、かなり難しいですね。この間ニコニコ生放送の番組でデモ参加の是非を取り上げたときは、「天皇が見解を示すべきだ」という結論に至りました。これは、僕としてはかなり納得のいく解答なんだけど、視聴者からは納得できないという意見もありましたね。もっとも、道徳の議論は、議論することで皮膚感覚を磨くことはできるんだけど、完全な落としどころを見つけられるものではないんですよ。
 

—岡田さんがcakesで「道徳の時間」の連載をやるとして、やはり結論の出る企画にはならないんでしょうか?

岡田 そうですね。きっと1年やっても落としどころはないんじゃないかな。でも、解答よりも思考のプロセスを見せることが大事なんです。だから、いっそのこと、浦沢直樹の連載マンガのようにやりましょうよ。次回こそ何か解答があるのではと思わせておいて、次にいく!(笑)

—ははは(笑)。でも、今の若者は、そんなに道徳感覚がないんでしょうか? 世間を見ていると、たしかにいじめ問題などありますが、最近の若者は概ねいい人が多い気がするんですよ。友達を大切にしたり、和を尊んでいるというか。

岡田 それは、道徳の有無とは関係ないですよ。むしろ、道徳感覚がないからこそ、いい人に見えるんです。

(続く)

 

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僕らの新しい道徳 僕らの新しい道徳
岡田斗司夫 FREEex
朝日新聞出版

 

ケイクス

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岡田斗司夫

評価経済など新しい資本主義が加速しはじめた21世紀。 そんな新時代の「道徳」とは、一体どんなものでしょうか。 未来社会をサバイブする岡田斗司夫が、 ゲストとともに様々な事例を引用しながら、 現代の「道徳」について考えていきます。 (月...もっと読む

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