K-POPからみえるもの—もう一つのIFと新たなカ 第2回

日本でもよく耳にするようになったK-POP。だが、その音楽的な評価は一般的に高いとは言えない。K-POPの内実はいかなるものなのか、JPOPとの比較も織り交ぜながら、ライターの久保内信行さんが迫ります。(全3回)

PSY(サイ)の大ブレイクを前にして

 ♪カ、カカ、カンナムスタ~イル! 珍奇な馬乗りダンスで大ブレイクした韓国人アーティストPSY(サイ)の「江南スタイル」を聴いた人も多いだろう。Youtubeのプロモーションビデオの再生数は4億を超え、全米ビルボードで2週連続2位、10カ国でヒットチャート1位を記録したメガヒットだ。日本でもその大ヒットは大きな話題になり、ワイドショーでも「PSYって何者?」と紹介されるほどの話題になっている。

 今のところ、数年に一度訪れる「恋のマイアヒ」などと同じ色物枠でのヒットだが、米ビルボードで1位を獲得すれば韓国史上始めての快挙であると同時に、アジア圏でも坂本九の「上を向いて歩こう(英名・SUKIYAKI)」以来の記録になるという。米ビルボードは英語で歌わなければチャートインすら難しいのだ。

 K-POPをヒットチャートに続々迎え入れていた日本のチャートと比べると随分保守的……って、アレ? 日本で流れているK-POPって韓国語だっけ? 今回はこの、言葉の問題から「文化的な格差」とパクリの問題をみていこう。

日本語で歌われたK-POP

 「韓国文化からの侵略だ!」という人も多いK-POPの日本進出は、基本的に日本語の歌唱でリリースされてきた。それどころか、つい最近でも、作曲者を見れば日本人だったというケースが非常に多い。

 現在のK-POP戦略の先鞭をつけたBoAなどは、最近こそ韓国人作曲家比率が増えたものの、日本向け楽曲では久保田利伸やコモリタミノルなどの大御所日本人作家、韓国向けでは韓国人作家と色分けが明確で、同時期に出たアルバムでも収録楽曲がほとんどちがっていたりした。それどころか、販売戦略上、ブレイクするまでBoAが韓国人であることはウリにはされていなかった。侵略というにはかなり遠慮がちな戦略だ。

 筆者は、2000年当初、日本デビューしたての韓国アイドルグループのマネージャーに「韓国語で歌わないのですか?」と聞いたところ、「音楽ファンはそうよく言うけれど、メインストリームで売るには難しいんですよ。レコード店でも、ワールドミュージックのコーナーに入っちゃうんです」と言われたのだった。

 ここには、人口5千万人で単価も安い、小さな音楽市場である韓国と、大市場である日本のマーケットの強さが見て取ることができる。と、同時に英語か日本語でなければ、ポップスと認識されず小さな「ワールドミュージック」棚の中に押し込まれる文化的な問題も横たわっている。急激にK-POPが普及したように見えるが、10年以上の時間をかけ段階的に手堅い布石を打ってきた結果だ。

 音楽の質とはひとまず離れた、「日本のポップカルチャーは韓国に優越している」という無意識にちかい観念がある。日本の歌手がアメリカデビューするとき、英語で歌うために猛レッスンをしたという逸話が、美談として語られるのと同根だ。ここで、アメリカの文化的排他性が問題になることはまずない。なぜなら、「本場」はアメリカにあるという暗黙のコンセンサスがあるからだ。無条件に「K-POPなんて本格的ではない、まがい物である」という前提でなされる批判も、このあたりに根があるだろう。

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