めぞん一刻(高橋留美子)後編

finalventさんの『新しい「古典」を読む』は、いよいよ『めぞん一刻』評の後編です。今回は「青春」そして「愛」をテーマに読み解きます。実は重要な鍵を握っていたのがあの人物だったなんて……? 『めぞん一刻』を知ってる人も知らない人も、すべての人に読んでもらいたい、感動の後編です。

ある時代のなかで初体験をする意味

めぞん一刻 (10) (小学館文庫)
めぞん一刻 (10) (小学館文庫)

 青春時代の肉体の欲望と魂の葛藤は、性の初体験に集約して表れる。青春といい恋愛といい、つまるところ初体験の意味に帰着してしまう。『めぞん一刻』はその集約点が明瞭に意識されていた。

 あの時代、性の初体験の意味は消費社会の活発化のなかで揺れ始めるとはいえ、まだ結婚という枠組みのなかで重視されていた。その断面図も『めぞん一刻』によく描かれている。

 『めぞん一刻』の恋の物語とは、結婚をゴールとする、五代という男の子の童貞喪失の物語だった。五代はいつ響子さんとやるのかと、読者は日々ドキドキしていた。そしてついに二人がラブホテルに入ったとき、私もクラクラとした。再読してもそのシーンは、現代用語でいう「黒歴史」の衝撃を私に与える。

 二人が性交をすれば、あとは結婚してもう物語は終わりだろうというところで、死者・惣一郎の想念が五代の急所を襲い、彼は萎える。物語はもう一山あって、二人は一刻館で結ばれる。

 そのシーンは、四半世紀して読み返したが、目に焼き付いたそのままであった。が、あの時と同じではない。人生を問い返すようにこの作品を再読することの意味がこのシーンのどこかで問われているはずだ。

 このシーンでずっと気になっていたことがある。彼らが結ばれたあと響子がつぶやく「本当はね……ずっと前から五代さんのこと好きだったの」という台詞である。強烈である。ごらぁ、打順作ったやつ、出て来い。これが四番だろ。

 五代は問い返す。「ずっと前っていつから?」 これに響子は「忘れちゃった」と答える。

 いつだ? 響子さんが五代を愛したのは? それが私の四半世紀の謎だった。再読してなんども問い返す。あそこか、ここか。それを解くことが再読の意味にさえ当初思えた。

 響子さんが五代を愛した時は、たぶん、五代のお婆ちゃん・ゆかりが響子を諭す場面だろう。「カモナ マイハウス(No.58)」の章で、ゆかりが、若い頃見映えのいい男に言い寄られたが気弱な男のほうを選んだ理由として、「この男なら一生おれを愛してくれそうな気がしたんだな」と言う。ここだろう。物語の最終部でゆかりが重要な人物として登場するのはその確認だろう。これは恋愛の物語的な開示の公式でもある。「魔笛」におけるザラストロの祝福と同じ構図だ。

私たちの生の「本当」ということ

 だが、この解釈にはさほど自信はない。再読して重要に思えたのは、響子の「忘れちゃった」のほうであり、さらに「本当はね……ずっと前から五代さんのこと好きだったの」という「本当」の意味にあった。くっきりと見えてきたのは、『めぞん一刻』とは「本当」についての物語でもあったことだった。肉体と魂の葛藤は「本当」を欺く。

 ラブコメディーとしてみれば、五代も響子もそれぞれ二股の恋をしていて、決めることができない。君たち、どっちが好きなのかと読者をイライラさせるように展開している。だが、どちらかを選ぶことは「本当」ではないのだ。

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「極東ブログ」で知られるブロガーのfinalventさん。時事問題や、料理のレシピなどジャンルを問わない様々な記事を書かれているが、その中でもとりわけ人気が高いのが書評記事。本連載は、時が経つにつれ読まれる機会が減っている近代以降の名...もっと読む

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