今年も24時間マラソンがある

今年の日本テレビ『24時間テレビ』のマラソンランナーが、EXITの兼近大樹に決まりました。近年、批判が目につくようになったこの番組ですが、コラムニスト・ナンシー関が残した言葉から、改めて『24時間テレビ』について考えます。

ナンシー関没後20年

この6月12日で、消しゴム版画家・コラムニストのナンシー関が亡くなって20年になる。2018年、「週刊朝日」で連載していたコラムから厳選した『ナンシー関の耳大全77 ザ・ベスト・オブ「小耳にはさもう」1993−2002』(朝日文庫)の編者を担当させてもらった。

編者としての解説文の冒頭で問題視したのが、インタビューで「ナンシーさんには『ゆるいバラエティー番組を作った男』とか、毎週のようにボロクソ書かれていました」(ORICON NEWS)と述べていた中山秀征の発言。本当にそうだっただろうかとナンシー関の文章を遡ると、「なまぬるいバラエティー番組全盛の状況が生んだスター」「なまぬるバラエティの申し子」とあった。比較すればわかるが、これ、まったく違う。ナンシー関に皮肉られてはいたものの、その存在は買われていた、と受け止められるような形容をしていたが、そんなことはない。ナンシー関を尊敬してきた身として、質しておかなければと思ったのだ。

泣きながら「おもしろくなかった」と言っていい

毎夏に行われている『24時間テレビ』については、このところ、批判的な見解が増えてきた。増えてきたというか、みんな、表に出すのを躊躇わなくなってきた。障害者の人権アクティヴィストのステラ・ヤングが用いた「感動ポルノ」という言葉や、それを紹介したNHK『バリバラ』の存在が大きいのだろうが、当人たちは、外から何を言われようが同じ仕組みの中で番組を作り上げている。ナンシー関が1994年、つまり今から30年近く前に『24時間テレビ』について書いた一文は、個人的に、この番組に向かう指針になっている。

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武田砂鉄さんが編者を務めたナンシー関のコラムはこちらです

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ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜

武田砂鉄

365日四六時中休むことなく流れ続けているテレビ。あまりにも日常に入り込みすぎて、さも当たり前のようになってしったテレビの世界。でも、ふとした瞬間に感じる違和感、「これって本当に当たり前なんだっけ?」。その違和感を問いただすのが今回ス...もっと読む

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コメント

cobol_amaki ナンシー関が亡くなったのは20年前の6月12日|武田砂鉄 |ワダアキ考 〜テレビの中のわだかまり〜 https://t.co/1YQpL6jFsk 22日前 replyretweetfavorite

waiwai_wassyoi https://t.co/0IHb2PWBTP #EXIT #かねちー #兼近大樹 22日前 replyretweetfavorite

studiobabyroom おもしろかった。 22日前 replyretweetfavorite

NtVUlJpI56H4680 「目的を明示して走る」兼近さんのツイートが見事だと #兼近大樹  #24時間テレビ  #チャリティーランナー https://t.co/l0i07xO09X 22日前 replyretweetfavorite