証明、さっぱりわかりません..oO!
三角形の合同を初めとするやさしい図形の問題を通じて、数学の証明に迫ります。
数学が苦手な「ノナちゃん」といっしょに、あなたも証明を学びましょう!
登場人物紹介
僕:数学が好きな高校生。
ユーリ:僕のいとこの中学生。 僕のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。
《予言者読み》は続く
ここは僕の部屋。
僕とユーリは、与えられた立方体の二倍の体積を持つ立方体を作図する問題(立方体倍積問題)に取り組んでいた(第355回参照)。
立方体倍積問題
定規とコンパスを有限回だけ使って、 与えられた立方体の二倍の体積を持つ立方体を作図してください。
僕たちは数学史の本を《予言者読み》しながら、いにしえの人たちの考えに触れようとしている。
《予言者読み》というのは僕の命名で、数学の本を少しずつ読み進め、 その時点まで読んできたことをヒントにして、本の先に何が書いてあるのかを読む前に言い当てるという読み方のことだ。 ちょっとゲーム風でもある。
ユーリ「本の《予言者読み》たーのしー! どんどん行こー!」
僕「じゃあ、また少しずつ読んでいくことにするよ」
僕たちはここまで、メナイクモスの解法を《予言者読み》してきたところだ(第356回参照)。
引き続き、数学史の本に紙を乗せ、それをずらしながら少しずつ読み進めた。
紙を乗せているのは、先の記述がうっかり目に入るのを防ぐためだ。
ユーリ「おっ、おもしろそーな話が出てきたよん」
僕「どれどれ……」
エウトキオスの注釈
エウトキオスの注釈
さて、アルキメデスの著作『球と円柱について』に対してエウトキオスが書いた注釈の中には、 立方体倍積問題の「解法」を集めたものが含まれていた。
ユーリ「どーする?」
僕「いやいや、どうしようもないよ。歴史的な事実だけから先読みをするのは無理。何か数学的な話が出てきたところで止めることにしないと。 エウトキオスという人が、立方体倍積問題の解法を集めたという話からは何もわからない」
ユーリ「そりゃそーか。あっ、でも、この後に立方体倍積問題の解法がいろいろ出てくることはわかるよ!」
僕「そうだね……といっても、立方体倍積問題が定規とコンパスを有限回使うだけでは解けないことは証明されている。 だから、歴史的に数学者が挑戦してきた様子が書かれているんだろうな」
ユーリ「メナイクモスの解法みたいに? (第356回参照)」
僕「うん……そういう意味では確かに、数学的な内容でなくても《予言者読み》はできるな。次に何が書かれているかを予想しながら読んでいくんだ」
ユーリ「ミステリーみたい」
僕「じゃあ、続けて読んでいこう。ミステリーツアーだ」
エラトステネス
エラトステネスの解法
二つの比例中項を求めるエラトステネスの解法では、次の道具を使い、 与えられた$a,b$に対して$a:x = x:y = y:b$を満たす$x,y$を求める。
僕「おっ!」
ユーリ「見えちゃった!」
僕「図が先に出てきたね……エラトステネス?」
ユーリ「三角形がたくさん出てきた。これで二つの比例中項がわかるの?」
僕「そうなんだろうなあ。ヒオスのヒポクラテスが見つけた二つの比例中項を求めさえすれば、 当時の未解決問題だった立方体倍積問題が解けることになる(第355回参照)わけだからね」
ユーリ「うんうん」
僕「でも、この図だけじゃ、さすがに何も考えられないよ。先を読むか。ところで、ここに書いてあるエラトステネスは、あのエラトステネスかな?」
ユーリ「ほほー、お知り合いですか? そのエラ……エラトスト……ストネ?」
僕「そこは噛まずにスッと言ってほしかった。エラトステネス」
ユーリ「エ・ラ・ト・ス・テ・ネ・ス!」
僕「確かに、ギリシャの人の名前は言うのが難しいときがあるけどね。エラトステネスというと、素数を求めるエラトステネスの篩(ふるい)が有名だね」
ユーリ「ふるい?」
僕「$2,3,4,\ldots$と数を並べておき、小さい方から順番に倍数を消す。そうやって、ふるいにかけるようにして素数を見つけていく方法だよ(『数学ガールの秘密ノート/整数で遊ぼう』参照)。 与えられた数が素数かどうかを判定する方法といってもいい」
【CM】
テトラ「お話の途中ですが、お知らせです。素数のこと、倍数の見分け方、数当てクイズ、謎のパズル《ぐるぐるワン》など、整数で遊ぶ楽しい話題がいっぱいの本、『整数で遊ぼう』はこちらです!」
テトラ「『整数で遊ぼう』から、エラトステネスの篩の図を引用しますっ!」
ユーリ「テトラさんのCM、ひさびさ」
僕「それから、地球の大きさを初めて測ったのもエラトステネスだよ。紀元前に地球の大きさを測っていたというのはすごいよね」
ユーリ「は? そんなに昔からロケットがあったの?」
僕「違う違う。太陽の光が作る影を利用して、地球の大きさを計算したんだ」
ユーリ「影で地球の大きさがわかるって、ぜんぜん意味わかんない」
僕「最初に考えるのはすごく難しいと思うけど、わかってしまえば簡単だよ。こんな図を描けばすぐわかると思う」
エラトステネスが地球の大きさを測る方法の原理図
ユーリ「この大きな円が地球だよね……右上に向かって立ってるのが柱? 地球に比べると、すごく巨大な柱ですこと(にやにや)」
僕「わかって言ってるね。もちろんこの柱は説明のために長く描いているんだよ。注目するところはこの角度$\theta$(シータ)だ。この角度は、柱の長さが長くても短くても変わらない」
ユーリ「ほほー……柱がどれだけ傾いているかってことだよね」
僕「そうだね。柱の先端と影の先端を使えば、柱の傾き具合を表す角度$\theta$がわかる」
ユーリ「ふむふむ」
僕「太陽がちょうど真上にあるタイミングで、そこから距離が$d$だけ離れたところで$\theta$を測る。角度は$\theta$度だとしよう。地球が円だと考えて、その円周の長さを$L$とすると、$360$度で一回りすることから、 $$ \frac{d}{L} = \frac{\theta}{360} $$ になることがわかる。つまり、 $$ L = \frac{360d}{\theta} $$ となって$d$と$\theta$から$L$がわかる。 もちろん、$\theta$をラジアンにしても同じ。そのときは計算の$360$の代わりに$2\pi$を使うことになる。 いずれにしても、この$L$が地球のまわりの長さになるわけだ」
ユーリ「あったまいー!」
僕「ここでエラトステネスが使った条件がうまいよね」
ユーリ「条件って何?」
僕「さっきの図では$\theta$という角度が三箇所くらいに出てきて、すべて等しいと考えていたよね」
ユーリ「うん」
僕「それは、太陽光が平行線として降り注ぐと見なしていたことになる。でも、太陽という一箇所から地球に降り注ぐ光を考えるなら、 もしも非常に厳密に考えるなら、太陽光は平行線じゃない」
ユーリ「えー……でも、太陽はものすごーく遠いんだから、平行線って考えても良いよね」
僕「そこだよ。それがうまいんだ。もしも、すごく厳密に考えようとしたら、地球と太陽の距離も考えなくちゃいけない。 《太陽はものすごく遠いから、太陽光は平行だと見なそう》というところがうまい。 何が何でも厳密に考えればいいというものじゃないんだね」
ユーリ「にゃるほど……あ、地球もそうだよね」
僕「ん?」
ユーリ「地球って山もあるし海もあるし《でこぼこ》じゃん。でも、地球のまわりは完全な円だと思って計算した」
僕「ああ、そうだね。そういうこと。すごく厳密に考えると地球は球じゃないし、地球のまわりは数学的な円じゃない。でも、エラトステネスは完全な円だと見なしたことになる。 太陽はものすごく遠くて距離はわからない。 地球はものすごく大きくてまわりの長さはわからない。 そういう現実の状況を、自分が処理できるレベルまで落とし込んだ。 太陽光は平行線として降り注ぎ、地球は完全な球であると見なしたところがすごいよね」
エラトステネスの解法
ユーリ「そんで? その賢明なるエラトステネス氏が立方体倍積問題に挑戦した解法とは? 先を読もうよ!」
エラトステネスの解法(続き)
二つの比例中項を求めるエラトステネスの解法では、次の道具を使い、 与えられた$a,b$に対して$a:x = x:y = y:b$を満たす$x,y$を求める。
この道具は長方形の長い枠を持ち、その枠の中に三個の合同な直角三角形の板がはめられており、左右にスライドできるように作られている。
三角形の一辺は枠の上縁をすべり、その辺に向かい合う頂点は枠の下縁をすべる。 また、……
僕「文章の途中だけど、ここでページが終わってるから、いったんストップしよう。次のページをめくる前に《予言者読み》してみるか。ユーリはここまでの説明、意味わかった?」
ユーリ「何となく。この三角形が左右に動くようになってるってことでしょ。だから、この時点でアウトだよね」
僕「アウトって?」
ユーリ「定規とコンパスを有限回使うって条件からすると、アウト。定規とコンパス以外の道具が出てきてる」
僕「そうそう。そうだね。だから、この道具を使って二つの比例中項が求められたとしても、立方体倍積問題が解けたわけじゃない」
ユーリ「三角形をスライドさせて何がわかるんだろ。こーゆー感じになるわけでしょ?」
僕「うん、僕もそう読んだよ。一辺は枠の上縁をすべって、向かい合う頂点は枠の下縁をすべるんだからね。 三角定規を並べたようなものなんだろうな」
ユーリ「わかった!三角形の一辺の長さが$a$で、別の長さが$b$なんじゃね?」
僕「そうかもしれないけど、この三角形の辺の長さについてはまだ何も書かれていない。それに三角形が三個出てくる意味もわからない」
ユーリ「ここまでの話はわかったんだから、はやく次のページめくってよ!」
僕「うーん、じゃあ次のページに行くか……」
エラトステネスの解法(続き)
……また、三角形は互いに自由に重なり合うことができる。
さて、三角形をスライドさせて図のような配置にせよ。
ユーリ「あっ、この三角形、重なってもいいの?!」
僕「ほんとうだ。そういう動き方をする道具なのか……」
ユーリ「お兄ちゃん、はやく次のページめくりすぎ! 答え見えちゃったじゃん! 答え見てからだと《予言者読み》になんない!」
僕「無茶言うなよ。ページめくってすぐに図が出てくるとは思わなかったんだよ、ユーリ」
ユーリ「この$PA$の長さが$a$だよね、きっと」
僕「そうだね。そしてきっと$BB'$の長さが$b$になるんだと思う」
ユーリ「こーゆーことか……」
僕「こんなふうに三角形を重ね合わせて得られた$x$と$y$が$a:x = x:y = y:b$を満たすということなんだろうな」
ユーリ「ダウト!」
僕「何がダウト?」
ユーリ「それおかしーよ! $a$と$b$がわかってて、$x$と$y$を求めるんでしょ?」
僕「そうだよ。何もおかしくない」
ユーリ「$b$がわかってるってことは、点$B'$がわかるってことだから、点$P$と点$B'$を直線で結べば他の点も出てくるから、定規とコンパスで描けちゃうじゃん! それおかしーでしょ?」
僕「ユーリは賢いなあ! よくそんなにすぐ頭が回るよ。でも、定規とコンパスではやっぱり描けない。 長さ$b$はわかっているから、一番右の三角形で$B'$の位置になるはずのところに印を付けることはできるだろうね。 でも、その三角形をどの位置まですべらせるかは決まらない」
ユーリ「なんで?」
僕「この図を見るとわかるけど、三つの三角形がとても特殊な位置に置かれているよね。三角形の斜めの辺と、隣の三角形の垂直の辺との交点が二つある。$X'$と$Y'$だよ。 この交点は、三角形をスライドさせると位置が変わる」
ユーリ「うん……」
僕「この道具は、三角形をスライドさせて、$P, X', Y', B$という四点が一直線上に並ぶところを探るための道具なんだよ、きっと。$a$と$b$は与えられている。それはそう。 二点$P,B'$が与えられたら定規で直線が引ける。それもそう。 でも、肝心の$B'$の位置を決めることが定規とコンパスでできないんだ」
ユーリ「なーる……」
僕「ところで、もしも三角形をこの図のように配置できたなら、確かに$a:x = x:y = y:b$が成り立っているかを確かめないと。《予言者読み》としての問題はこうだね」
問題
三角形が以下のように配置できているとき、 $$ a:x = x:y = y:b $$ であることを証明してください。
ユーリ「これはすぐわかる……かにゃ?」
僕「……」
ユーリ「……たぶんわかった」
僕「たぶん?」
ユーリ「こーゆーことでしょ?」
ユーリの解答
$$ a:x = PX:X'Y = x:y = X'Y:Y'B = y:b $$
僕「ああ、うん、そういうことだね」
ユーリ「ふふん」
僕「これじゃ証明になってないけどね」
ユーリ「なんで?」
僕「理由を何も述べてないから。たとえば$a:x = PX:X'Y$が成り立つのはどうして?」
ユーリ「だって、これとこれは相似でしょ?」
三角形$PAX$と三角形$X'XY$は相似だから、$a:x = PX:X'Y$
僕「そうだね。スライドする三角形は合同な直角三角形だから……
- 線分$PA$と線分$X'X$は平行であり、$\angle{}PAX = \angle{}X'XY$である。
- 線分$PX$と線分$X'Y$は平行であり、$\angle{}APX = \angle{}XX'Y$である。
- よって、二つの三角形$PAX$と三角形$X'XY$は相似になり、対応する辺の長さの比は等しい。
ユーリ「残りもおんなじ」
僕「次の$PX:X'Y = x:y$は、三角形$PXX'$と三角形$X'YY'$が相似であることからいえる」
三角形$PXX'$と三角形$X'YY'$は相似だから、$PX:X'Y = x:y$
ユーリ「三角形$X'XY$と三角形$Y'YB$は相似だから、$x:y = X'Y:Y'B$」
三角形$X'XY$と三角形$Y'YB$は相似だから、$x:y = X'Y:Y'B$
僕「うん。あとは、最後。三角形$X'YY'$と三角形$Y'BB'$は相似だから、$X'Y:Y'B = y:b$」
三角形$X'YY'$と三角形$Y'BB'$は相似だから、$X'Y:Y'B = y:b$
ユーリ「できたできた! 《予言者読み》完了!」
僕「本の続きを読んで、答え合わせをしよう!」
エラトステネスの解法(続き)
さて、三角形をスライドさせて図のような配置にせよ。
このとき、$PA = a$および$B'B = b$とし、$X'X = x$および$Y'Y = y$とすると、 三角形の相似により、 $$ a:x = x:y = y:b $$ が成り立つことが示される。
ユーリ「え……『三角形の相似により』だけで終わり?」
僕「そうだね。そういうことはよくある。《予言者読み》をしてちゃんと確かめてから先に進んだら、ほとんど説明が書いてないことはよくある」
ユーリ「えー、なんで?」
僕「いちいち説明を書かなくても、読者ならきっと行間を埋めてくれると思ったんだろうね」
ユーリ「ぎょーかんをうめる?」
僕「本に書けることには限りがある。だから、書かれていないこと……たとえば必要な計算をするとか、証明されていないことは証明するとか……は読む僕たちが自分で補うってこと。 《行間を埋める》っていうのは、本の行と行にあるスキマを僕たちが埋めるっていう比喩だね」
ユーリ「本を書く人がサボったらアカンやん」
僕「サボっているわけじゃないと思うよ。それに実際、僕たちは《予言者読み》でちゃんと行間を埋めることができたよね」
ユーリ「そだね。図のヒント見たけどね」
僕「つまり、本に書かれたことから議論を再現できたってことだ」
ユーリ「ふむー」
僕「本をただ読むより、《予言者読み》の方がずっと楽しい」
ユーリ「わかるー。まだ他の解法があるんでしょ? もっと変な道具出てくるかもよん?」
(第357回終わり。第358回へ続く)
※本文中に出てくる「数学史」の本からの「引用」は、以下の参考文献からの内容をもとに再構成したものであり、直接の引用ではありません。
参考文献