福沢諭吉「世の学者は大概腰ぬけにて」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

40代、人間関係にまつわる愚痴

福沢諭吉(教育家)

1834年-1901年。中津藩士。慶應義塾創立者。江戸時代に長崎、江戸、大坂、アメリカ、ヨーロッパで遊学。幕末から明治にかけて西洋事情等の啓蒙に寄与する。主著『学問のすすめ』は、存命中に累計発行部数が340万部に達したともいう。

当時の学者の在り方を嘆いた福沢諭吉

福沢諭吉の代表的な著書である『学問のすすめ』にはこんな記述が登場する。

世の学者は大概腰ぬけにてその気力は不慥なれども

当時の学者たちを「腰抜け」呼ばわりする大胆な発言である。どういう趣旨でこの言葉を述べたのか、前後を意訳して解説すると、

「『学問のすすめ』の初編から三編までは一般向けにやさしく書いたのだが、四編、五編は学者向けに書いたので、少々難しい文章になってしまった。世の学者はたいてい腰抜けで、根性もないけれども、文章を見る目は確かで、どんな難文でも困ることがないので、遠慮なく難しい文章で書いてしまった」

という内容である。全文を読めば、決して学者に対して文句ばかりをいっているわけではない。ただし、それならば、逆にいうと「腰抜け」という表現は不要でもある。やはり、この一文、なかなかに挑発的な愚痴なのだ。

しかも、この一文が登場する『学問のすすめ 五編』は、福沢がちょうど40歳になる年のはじめに書かれたものである。実績的には十分とはいえ、年齢的にはまだ中堅どころといえる。福沢諭吉という男、やはり豪快で大胆なところのある人物である。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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