近松門左衛門「最期の時に大切なことが一字も半言も浮かばない」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

60代、不遇・人生にまつわる愚痴

近松門左衛門(浄瑠璃・歌舞伎作者)

1653年-1725年。本名、杉森信盛。越前国(福井県)の出身。浄瑠璃の竹本義太夫、歌舞伎の坂田藤十郎らに対し台本(脚本)を著した。松尾芭蕉、井原西鶴と並ぶ「元禄三代文豪」の一人ともいわれる。

人気作者が残した死の間際のひと言

近松門左衛門といえば、浄瑠璃や歌舞伎の作者の中で、最も有名な人物といってもよいのではないだろうか。

その功績はいろいろある。第一に『曾根崎心中』『国性爺合戦』『心中天の網島』などの名作を世に送り出したこと。それに関連して「世話物」というジャンルを確立させたことが挙げられよう。

それまでの浄瑠璃・歌舞伎の世界では、江戸時代以前の武士や公家、僧侶などの事件、物語を扱った「時代物」という話が主体だった。それに対し、「世話物」とは、江戸時代の庶民階級で起こった事件をもとにしてつくられた話である。

源義経や武田信玄など有名な武将たちの活躍や悲劇を描いた「時代物」も面白いが、身近で話題となった心中事件などを題材にした「世話物」には、リアリティがある。たちまち庶民たちの心をつかんでいった。浄瑠璃における世話物の最初の成功例といわれるのが、近松門左衛門の著した『曾根崎心中』なのである。

もう一つ、台本に自らの氏名を書き記したのも、近松が最初だといわれている。実は、当時演劇界というのは、世間から見下されていたような存在だった。

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人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

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福田智弘

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