聖地」がまたひとつなくなった

3月31日の今日、表参道のモントークが閉店します。二十代の頃、初めてこのカフェを訪れたという嘉島唯さん。2000年代のカフェブームから20年。当時の思い出をもとに、背伸びをした日々、孤独感から救ってくれた“ブラックボックス”の心地よさを振り返ります。

表参道にあるカフェ「モントーク」に初めて足を踏み入れたのは、24歳のときだったと思う。

ラジオ番組を通して知り合ったメディア業界で働く「お姉さんたち」の女子会に誘われたのを記憶している。学生の頃、浮かれた気持ちでマスコミを志望するも全滅した私にとって、出版社や大手広告代理店などで働くお姉さんたちは、憧れの存在でもあった。

今思えば、彼女たちは気軽に飲もうというスタンスだったことがよくわかるが、当時の自分にとっては、彼女らもモントークも「背伸び」の対象だった。

2000年代のカフェブーム

モントークは2002年にオープンしたカフェで、その建物としての異質さから、10代の小娘には「入れない」雰囲気が漂っていた。

黒いスモークガラスで覆われたこのカフェには、大通り沿いに入り口がない。看板すらないので、パッと見ただけでは「どこから入っていいのかわからない」。近くに寄るとようやく店内の様子がうっすら見えるが、どこか現実離れした空間のように思えた。出入りする客をちらりと見ると、スナップ雑誌「FRUiTS」から飛び出てきたような人ばかりで気後れした。

雑誌で取り上げられているのを見ては「いつかこのお店にはいることができるのだろうか」と思った。この黒いガラスの中に入れる日を夢見ても、通り過ぎることしかできない。それがモントークだった。

2000年代に起きたカフェ・ブームは、独特な食文化を築いたと思う。「カフェ飯」「カフェ・ミュージック」「夜カフェ」「カフェ巡り」……こういった言葉も生まれた。モントークはそんなカフェ・ブームの先駆けのひとつとも言われている。

ブームを通して街には店主のこだわりがつまったカフェがたくさん生まれた。といってもその多くが似ていたような気もする。ボサノヴァ風の音楽が鳴る店内にはイームズやコルビジェの椅子が並び、ペンダントライトが暖色の光を放っていたし、小洒落たデザインのフライヤーが置かれた店内を見渡せば、垢抜けた客が席を埋めていた。

運ばれてくるのは、ロコモコ丼やポキ丼やワンプレートの定食が多く、アボカドやフリルレタスがちょこんと緑を添えているだけなのに、とびきりヘルシーに見えた。白い皿の余白が目立つ程度の量は腹八分目で食べ終わってしまうものの、カフェにはたいてい美味しいコーヒーとケーキが置いてある。夜になれば、バーニャカウダをつまみながら、シーザーサラダやアヒージョを堪能し、モヒートを飲みながらゆったりとした時間を過ごす。

そんなブームから20年ほどの時が経ち、社会も街も大きく変わった。表参道や渋谷・原宿には外資系のカフェから唐揚げ専門店やタピオカ屋が増え、多国籍メニューを揃えるこじんまりとしたカフェは少しずつ姿を消した。

3月31日、カフェ・ブームを牽引したモントークも閉店する。ネットニュースで閉店のニュースを聞いたとき、自分の中で大切な場所が消えてしまうような感覚になった。それほど私のアイデンティティに深く結びついている、らしかった。

20代前半の衝撃

24歳。初めて入ったモントークは、思っていたのと全然違った。店内からは外がよく見え、黒いスモークガラスで囲まれた外観からは想像できないようなアットホーム感があったのだ。ワイワイ賑わう一階から階段を上がると、細かいタイル張りの床は海外のホテルのようでさらに驚いた。思ったよりも広い店内は、贅沢に空間が使われていることを窺わせる。

空間全体を味わってくださいと言わんばかりに、座席数が少ないのだ。

私が通されたのは、2階の奥の席だった。すでに21時過ぎ。女子会はとっくに始まっていたが、席につくなり「お疲れさま〜」と温かく迎え入れられた。

バーニャカウダに、シュリンプカクテル、アボカドロールにトルティーヤチップス。テーブルの上にはすでにたくさんのメニューが並んでおり、ダイナー風のメニューが女子会に彩りを添えていた。

毎日終電まで働くような生活をしていた20代前半の私にはすべてが衝撃だった。

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この連載について

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匿名の街、東京

嘉島唯

若手ライターの急先鋒、嘉島唯さんによる待望のエッセイ連載。表参道、渋谷、お台場、秋葉原、銀座…。東京の街を舞台に、だれの胸の内にもある友人、知人、家族との思い出を鮮明に映し出します。 第2回cakseクリエイターコンテスト受賞者、嘉...もっと読む

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コメント

yosidaa https://t.co/6IrUOAAyLY 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

yamaji_yuki_ モントークという無国籍な名前がまた、店の懐を深くしているようにも思えた。最後に行けてよかった。 約2ヶ月前 replyretweetfavorite

chanriiiiiiii なつかし。あとは渋谷のフリーマンカフェとかでPC開いてひたすら「作業」をしていたな。作業とはなんだったのか...     約2ヶ月前 replyretweetfavorite

tekuriha |匿名の街、東京|嘉島唯 "3月31日の今日、表参道のモントークが閉店します。二十代の頃、初めてこのカフェを訪れたという嘉島唯さん。 https://t.co/mfXIPrCowh 約2ヶ月前 replyretweetfavorite