わかる日本書紀

聖徳太子の弟を将軍に任命し、いざ新羅討伐【第33代②】

ややこしい日本書紀をわかりやすく紹介した書籍『わかる日本書紀』シリーズ第4巻から、日本の正史を学ぶ連載。今回は第33代、推古天皇の御代のお話(提供元:西日本出版社)。

新羅に出兵

推古八年(六〇〇)二月、韓半島では、新羅と任那(みまな)の間に戦が起きました。
推古天皇は、任那を救済しようと思いました。この年、天皇は境部臣(さかいべのおみ)※1を大将軍にし、穂積臣(ほづみのおみ)※2を副将軍として、一万あまりの軍兵を率いさせ任那再興のために新羅を討とうとしました。

朝廷軍は、新羅を目指して海上を進んでいき、新羅の五つの城※3を攻め落としました。恐れた新羅王は、白旗を挙げ朝廷軍の将軍のもとに来て、多多羅(たたら)、素奈羅(すなら)、弗知鬼(ほちき)、委陀(わだ)※4南迦羅(ありひしのから)、阿羅羅(あらら)※5の六つの城を任那に割譲して降伏すると申し出ました。
そこで朝廷軍の将軍は協議し、
「新羅は罪を認めて降伏した。この上重ねて攻撃するのは良くないことだ」
と判断して天皇に報告しました。

天皇はさらに、難波吉士(なにわのきし)ミワ(神)を新羅に、難波吉士イタビ(木蓮子)※6を任那に遣わして、両国の状況を調査させました。

新羅・任那両国の王は、今後お互いに戦うことなく、それぞれ毎年必ず日本の朝廷に貢ぎ物を献上すると約束しました。その約束を信じ、天皇は軍兵を日本に呼び戻しました。

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わかる日本書紀

村田右富実 /つだゆみ /村上ナッツ

『日本書紀』は神代から第41代持統天皇の時代までを扱った日本最古の歴史書です。しかし本文は漢文、全30巻と長く読解は難しいため、正史ながら読んだことのある人はほぼいません。そこで、劇作家が書くわかりやすい文章と、親しみやすいキャラクタ...もっと読む

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