30代、人間関係にまつわる愚痴
堀辰雄(小説家)
1904年-1953年。東京生まれの小説家。室生犀星、芥川龍之介に師事し、中野重治らと同人雑誌『驢馬』を創刊。西洋の心理主義文学の手法をとり入れた世界観に定評がある。代表作に『聖家族』『美しい村』『風立ちぬ』『菜穂子』などがある。
恐ろしい言葉は友人への叱咤激励
小説家・堀辰雄の書簡形式の小文『手紙』に、こんな一節がある。
「小林よ。デモンに憑かれろ! 憑かれろ!」
「デモン」とはいわゆる悪魔のこと。
「小林」とは、中原中也、長谷川泰子との三角関係でも知られる文学者・小林秀雄のこと。堀と小林は第一高等学校の同期生で、学生時代から交流があった。
親しい友人に対し「悪魔にとりつかれてしまえ!」などというとは、いったい何があったのだろう。
この小文の中で堀は、主に小林が書いた小説『オフェリヤ遺文』についての感想などを述べている。『オフェリヤ遺文』とは、ハムレットの恋人で精神を病んで水死する女性オフェリヤが、ハムレットに対して綴った遺書の形式で書かれた小説である。
これを読んだ堀は、この『オフェリヤ遺文』を書いた時の小林は、『エグモント』という本を書いた時のゲーテに似ていると語る。ゲーテはデモンにとりつかれて恋に落ちたが、その恋が自滅に結びつくと知り、それを振り落とすために『エグモント』を書き、自身を救った。同様に小林もデモンにとりつかれ、それを振り落とすために『オフェリヤ遺文』を書いたのではないか、というのだ。