野口英世「成功か 自殺か」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

20代、不遇・人生にまつわる愚痴

野口英世(細菌学者)

1876年-1928年。福島県生まれ。伝染病研究所、ロックフェラー医学研究所などで研究を進める。晩年は黄熱病の研究に従事し、アフリカ・ガーナにて病死。その病原体ウィルスは、電子顕微鏡のない当時では発見できないものだった。

仕事のプレッシャーに押しつぶされまいと覚悟

千円札の肖像としても有名な細菌学者野口英世。彼はいくつかのコンプレックスを抱えたまま研究に没頭してきた人物だ。

福島県の貧しい農家に生まれ、幼名清作と呼ばれた英世は、2歳の年に囲炉裏に落ち、左手に大やけどを負ってしまう。母は懸命に看病したが、指は左手に癒着してしまった。この左手が、英世のコンプレックスになった。大規模な手術を受ける金もない。貧乏もまた、大きなコンプレックスである。

勉強で見返そうとした。やがて、小学校ではトップの成績を収め、それには成功した。しかし、上の学校に進むような金はない。不自由な左手のせいで仕事をして金を稼ぐこともできなかった

ここで、幸運が訪れた。英世の成績が優秀なことを見込んで、ある高等小学校の教頭先生が私財を投げうって、学費を工面してくれたのだ。さらに、高等小学校では、障害にめげず勉強に励む英世を見て、級友や教員が左手の手術を受けさせるべく資金の援助をしてくれた。

こうして16歳の年に手術を受け、左手の癒着は治った。この頃、英世は医学の道へ進むことを決意した。卒業後、手術を受けた病院に書生として勤めながら医学を学び、やがて上京。済生学舎という医師開業試験の予備校的存在の学校で学び、無事、試験に合格する。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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