後鳥羽上皇「今度の合戦は(中略)謀臣らが行ったことである」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

40代、仕事にまつわる愚痴

後鳥羽上皇(上皇)

1180年-1239年。第82代の天皇(在位1183年-1198年)。父は高倉天皇。平家とともに入水した安徳天皇の弟で、後白河法皇の孫でもある。承久の乱を起こしたことで知られる。藤原定家らに『新古今和歌集』を撰集させたことでも有名。

上皇も失敗したら、他人に責任をなすりつける

後鳥羽上皇といえば、「承久の乱」を起こし鎌倉幕府を倒そうとした人物として有名だ。結果は失敗に終わり、隠岐に流罪となる。この結果から、「戦のプロである武士(幕府)に武力で挑むなんて浅はかだ」などと後鳥羽上皇に否定的な意見を持つ人も多いという。しかし、それは一概にいえることだろうか?

現代の我々は、源頼朝が幕府を立ててから、中断する時期はあったものの、基本的には何百年も武士(幕府)が支配する時代が続くことを知っている。しかし、当時としては、まだ幕府ができてから、30年ほどしか経っていない。

いや、正確には「幕府」などという言葉はなかったし、当時の鎌倉幕府は、東国を中心とした武士の組織、といった位置付けでもあった。

「日本を支配しているのは、朝廷ないし皇室であって、武士はあくまで皇室の命に従って、戦などをする部隊であったはず。上皇である自分が声をかければ、幕府を牛耳っている執権北条義時らなど簡単に討ち取れるのではないか」

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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