19. 合コン前に読みたい本( 男性向け)
『アンナ・カレーニナ』
トルストイ ( 1 〜 4 、望月哲男訳、光文社古典新訳文庫、二〇〇八年)
効く一言
「あら、どうしたのかしら! なぜあの人の耳はあんなになったの?」
ペテルブルグに着いて、汽車が停まると同時に車室を出ると、最初にアンナが注意を引かれたのが夫の顔だった。「あら、どうしたのかしら! なぜあの人の耳はあんなになったの?」落ち着き払って堂々とした夫の体躯と、とりわけ急に異様な感じを覚えた、丸いソフト帽の縁を支えているその耳の軟骨を見つめながら、彼女はそう思った。彼女の姿を認めると夫は唇にいつものからかうような笑みを浮かべ、どんよりとした大きな目でまっすぐにこちらを見ながら近寄ってきた。じっとこちらを見つめるその鈍い視線を受け止めると、まるでそれが想像していた夫とはちがっていたかのように、なにか不快な感情が胸をしめつけた。とくに彼女を驚かせたのは、夫と会ったとたんに感じた自分への不満感であった。 (『アンナ・カレーニナ』、1巻)
傑作小説『アンナ・カレーニナ』のなかで、私がものすごく好きなエピソードがこちら。汽車を降りて、夫を見かけた瞬間、こみ上げる不快感。そしてそれは「なんであの人の耳はあんなふうなんだろ? あんなのだったかしら?」という、不可解な感情になって表面化する。