陶淵明「わずかな給料をもらうために、若造に頭など下げられるか!」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

40代、お金にまつわる愚痴

陶淵明(詩人)

365年-427年。中国の詩人。名は「潜」、字が「淵明」。ただし、名が「淵明」、字が「元亮」とする説もある。『帰去来の辞』『桃花源記』などが有名。夏目漱石が『草枕』の中でその詩を引用するなど、日本文学に与えた影響も大きい。

お金のために働かないと決めた詩人の叫び

中国の有名な詩人陶淵明は、下級貴族の家に生まれた。若い頃から勉学に励み、20代後半で官職に就くことになる。

しかし、どうやら役所の仕事が彼には合わなかったようだ。何度か仕官したがすぐにやめてしまった。その後、軍隊にも入ったが、長続きはしなかった。

40歳の年には、地方の行政官(県の長官)となった。就任してまだ間もない頃、彼のもとに郡の上官が視察に来ることになった。まだ若いとはいえ上官なのだから、きちんと礼服を来て出迎えるように、というお達しが、その時下った。

すると、陶淵明は

我五斗米の為に腰を折りて郷里の小人に向かう能わず

(私は、五斗米のために腰を屈めて郷里の小役人に相対することなどできない)

といい放った。「五斗米」とは、給料として支給される年五升ほどの米のことで、「わずかな給料」を意味する言葉だ。

「わずかな給料をもらうために、若造に頭など下げられるか!」

といった意味合いの愚痴である。この言葉を残し、陶淵明は職を辞した。就任後約80日で、これを最後に彼は二度と就職することはなかった。故郷に帰り、田畑を耕し、貧しいながら悠々気ままな生活を楽しんだという。この時の気持ちを詠んだのが、『帰去来の辞』だ。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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