与謝野晶子「すめらみことは戦いにおおみずからは出でまさね」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

20代、不遇・人生にまつわる愚痴

与謝野晶子(歌人)

1878年-1942年。明治から戦前まで活躍した歌人。文芸誌『明星』を主宰する与謝野鉄幹と恋に落ち、結婚。処女歌集『みだれ髪』などに収められた情熱的な恋の歌は、今でも多くの人に愛されている。他に歌集『小扇』『舞姫』のほか共著もある。

批判を覚悟で、反戦を叫んだ詩

柔肌の 熱き血潮に 触れもみで 寂しからずや 道を説く君

などの情熱的な短歌で知られる与謝野晶子。菓子商の娘として生まれた彼女は、22歳の若さで『明星』に短歌を発表。その翌年、同誌の主宰者である与謝野鉄幹と結婚し、恋の歌に磨きをかけていた。

そんな彼女には、2歳年下の弟・籌三郎がいた。1903年、彼女が25歳の年に父・宗七が亡くなったのだが、その後、実家の菓子商を継ぐことになったのは、籌三郎であった。

翌年、世界をゆるがす大事件が起きた。日露戦争の勃発である。

晶子の弟・籌三郎にも従軍命令が下った。任地は、激戦と伝えられる旅順港。その時、籌三郎の妻のお腹には、新しい生命が宿っていた。

同年9月、晶子は『明星』に一篇の詩を載せる。それは名歌人与謝野晶子の詩というよりも、弟を戦にとられた姉の魂の叫びだった。

「ああおとうとよ君を泣く

 君死にたもうことなかれ

 すえに生まれし君なれば

 親のなさけはまさりしも

 親は刃をにぎらせて

 人を殺せとおしえしや

 人を殺して死ねよとて

 二十四までをそだてしや」

反戦詩として知られるこの歌の一節が、冒頭に掲げたものである。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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