アナホベ皇子の死
ハツセベ(泊瀬部天皇=第三十二代崇峻※すしゅん天皇)は欽明天皇の第十二子で、母はオアネノキミ(小姉君)です。
用明二年四月、用明天皇が亡くなりました。
しかし、次の天皇はまだ決まっていませんでした。
五月、モリヤ大連の軍勢が、三度も気勢を上げて世を驚かせました。モリヤ大連は、以前から他の皇子たちをしりぞけて、アナホベ皇子を次の天皇にしたいと思っていました。
それで密かにアナホベ皇子のもとに使いを遣って、
「皇子と一緒に、淡路で狩りをしとうございます」
と伝えさせました。しかし、その陰謀は漏れてしまいました。
六月七日、ウマコ大臣はカシキヤヒメ皇后を支持し、アナホベ皇子らを討ち殺そうと決心していました。
そこで、軍兵を差し向け、アナホベ皇子の住む宮殿を包囲させました。
アナホベ皇子は楼を登ってきた衛士に肩を斬られると、楼から落ちて隣家へ走り入りました。
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