劉備「太ももに贅肉がついてしまった」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

40代、仕事にまつわる愚痴

劉備(皇帝)

161年-223年。中国・蜀の王。字は玄徳。魏の曹操、呉の孫権とともに三国時代の一角をなす。関羽、張飛らと桃園の契りを結び、軍師諸葛亮(孔明)を味方にして戦った。日本の卑弥呼とおおよそ同時代の人間である。

活躍の機会に恵まれない時期

「三国志」でおなじみの劉備(玄徳)は、幼い頃、貧しい暮らしをしていた。父の死後は、母と二人で筵を織って生活していたという。

やがて、漢の治世に乱れが生じると、各地で反乱が起きる。この乱世を制し、功成り名を挙げようと、兵を挙げる武将たちも多くいた。

劉備は、漢を建国した劉邦と同じ「劉」姓を持っており、自ら漢の皇帝の末裔だと称している。自分はいつまでもみじめな暮らしを続け、地方で朽ちたまま終わる人間ではない。そんな自負もあったのだろう。やがて、劉備も挙兵する。義兄弟の契りを交わしたという関羽(雲長)、張飛(益徳)ら強力な仲間がともに立ち上がってくれた。

徐々に勢力を増していった劉備だったが、39歳の年に袁紹に与し、曹操軍と「官渡の戦い」で刃を合わせた結果、大敗を喫してしまう。以降、劉備は劉表という豪族のもとに身を寄せ、不遇の時を過ごすこととなった。一方で、袁紹、劉備らを倒した曹操は徐々に天下を制するべく力を蓄えていた。

少し時が経ち、劉備が厠へと向かった時、ふと見ると、自分の太ももに贅肉がつき、太りはじめたことに気づく。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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