徳川吉宗「家臣をリストラするしかないのだ」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

30代、お金にまつわる愚痴

徳川吉宗(将軍)

1684年-1751年。徳川御三家の一つ紀州(和歌山)藩に生まれ、兄の病死によって紀州藩主となる。のちに徳川宗家を継承し8代将軍に就任。「享保の改革」を断行し、上げ米の実施、定免法の採用、目安箱の設置などを行った。

名君も頭を抱え続けた農民からの不満

徳川家康の死去からちょうど100年。幕府の体制は目に見えて悪化していた。

深刻なのが財政の悪化だ。原因はいくつか挙げられる。4代将軍家綱の時代に起こった明暦の大火もその一つ。10万人を超える死者が出、江戸城天守閣も失われるという大災害であり、これによる復興事業に多額の金銭が使われた。

続く5代将軍綱吉は、護持院、護国寺など寺社の造営を積極的に行ったのだが、それも財政に大きな負担を与えた。

時の財政担当者である荻原重秀は、貨幣に含まれる金の量を少なくすることで財政を賄おうとした。これは一時的に効果が上げたのだが、やがて、インフレなどを引き起こすことにもなった。

次の6、7代将軍に仕えて政治を行った儒学者の新井白石は、金銀の質を上げ、貿易を制限するなどで財政を賄おうとしたが、結局、成功しなかった。白石が学者であったために理想主義に走って失敗したともいわれるが、それだけではない。6代将軍家宣は47歳で将軍となり3年で死去。跡継ぎの7代将軍家継は4歳で将軍となり、なんと7歳で死去。白石は合計7年ほどしか政治ができなかったのである。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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コメント

sabochin 治世って難しいな……… 3ヶ月前 replyretweetfavorite