7代目松本幸四郎「私は大変な失策を演じ……」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

60代、仕事にまつわる愚痴

7代目松本幸四郎(歌舞伎俳優)

1870年-1949年。本名、藤間金太郎。三重県の土建業者の子として生まれ、幼くして2代目藤間勘右衛門の養子となる。歌舞伎界の支柱として活躍する傍ら、日本初の創作オペラ「露営の夢」や現代劇、バレエ、パントマイムにも出演している。

名優が師匠の追善興行で起こした大失敗

7代目松本幸四郎といえば、明治から戦後にかけて歌舞伎界をリードした名優だ。数ある当たり役の中でも特に有名なのが『勧進帳』の武蔵坊弁慶。なんと生涯にわたり1600回以上も演じている。『勧進帳』といえば、あまり歌舞伎に詳しくないという人でも名前くらいは聞き覚えがあるというほどの現代でも大変な人気演目だが、それを人気演目にしたのは幸四郎の名演のおかげだともいわれている。

その幸四郎が、晩年になって

私は大変な失策を演じて

と、過去の失敗を告白している。いったいどんな失敗だったのだろうか?

失敗したのは、師匠である9代目市川團十郎の追善興行というから幸四郎もまだ30代の頃と思われる。演目は、團十郎のために書き下ろされ、團十郎、幸四郎の当たり役となった『大森彦七』である。大森彦七(盛長)は、南北朝時代の武将で、名将楠木正成を討った人物とされ、歌舞伎では戦後の楠木の娘とのやり取りなどが描かれている。

大森の見た目は、武将らしい八の字型の口ひげが特徴的だ。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

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