わかる日本書紀

敏達天皇の殯宮で皇后を襲おうとした皇子【第31代①】

ややこしい日本書紀をわかりやすく紹介した書籍『わかる日本書紀』シリーズ第4巻から、日本の正史を学ぶ連載。今回は第31代、用明天皇の御代のお話(提供元:西日本出版社)。

用明天皇(ようめいてんのう)の即位。忠臣サカウの死

タチバナノトヨヒ(橘豊日天皇=第三十一代用明天皇)は、欽明(きんめい)天皇の第四子で、母はキタシヒメ(堅塩媛)※1といいます。仏教を信じ、神道を尊重しました。

敏達十四年八月、敏達天皇が亡くなりました。
タチバナノトヨヒは、磐余の池辺双槻宮(いわれのいけのへのなみつきのみや)※2で即位しました。第三十一代用明天皇です。

蘇我ウマコを大臣とし、物部モリヤを大連としました。
ハシヒト(埿部穴穂部)皇女※3を皇后とし、四人の皇子を設けました。その一人がウマヤト(厩戸皇子=後の聖徳太子〕です。

天皇は、先の大臣・蘇我イナメ※4の娘イシキナ(石寸名)※5を嬪(みめ)とし、イシキナは一人の皇子を生みました。
また、葛城(かずらきの)イワレ(磐村)※6の娘ヒロコ(広子)は、一男一女を生み、そのスカテヒメ(酢香手姫)皇女を伊勢の斎宮(さいぐう)にしました。

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わかる日本書紀

村田右富実 /つだゆみ /村上ナッツ

『日本書紀』は神代から第41代持統天皇の時代までを扱った日本最古の歴史書です。しかし本文は漢文、全30巻と長く読解は難しいため、正史ながら読んだことのある人はほぼいません。そこで、劇作家が書くわかりやすい文章と、親しみやすいキャラクタ...もっと読む

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torayosa #スマートニュース 3ヶ月前 replyretweetfavorite