源頼朝「義経をいまだに捕縛できていない」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の新著『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

30代、人間関係にまつわる愚痴

源頼朝(武将)

1147年-1199年。平安末~鎌倉初期の武将。鎌倉幕府初代将軍。後白河上皇の皇子以仁王の令旨を受けて挙兵し、平氏討伐の中心として活躍。1192年に征夷大将軍となった。ライバルを破り、初めての本格的な武家政権樹立に成功した。

朝廷にまでこぼした愚痴のわけ

鎌倉幕府を築いた源頼朝は、どん底から這い上がってきた人物だ。なにしろ、初陣である平治の乱で敗れ、父は殺され、自身も処刑されるところだったのだ。しかし、勝者である平清盛の継母池禅尼のとりなしによって一命は救われ、伊豆国へと配流になった。一説には、早世した池禅尼の実子とよく似ていたためだともいう。

伊豆での流人生活は20年に及んだ。その間、父の仇である平氏は、我が物顔で政権を独占した。

しかし、やがて平家打倒の機運が高まると、頼朝もついに挙兵。ここから前代未聞の逆転劇がはじまっていく。

無論、主たる標的は平氏である。しかし、敵は平氏だけではなかった。討伐の必要があれば、親戚や兄弟であっても容赦なく蹴散らした。

先に平家を京から追いやったのは、従兄弟に当たる源義仲(木曽義仲)であったが、彼の粗暴な行いは京の都で大変評判が悪かった。彼の家臣らも京で乱暴狼藉を働いたという。そこで、頼朝は弟の義経や範頼に命じ、従兄弟の義仲を成敗させたのだ。

その後、平家を西へ西へと追い詰め、ついに壇ノ浦で滅亡させることに成功。一番の殊勲は弟の義経だったろう。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

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なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

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sabochin 驕れる者は久しからず… 3ヶ月前 replyretweetfavorite