小津安二郎「忰に映画なんぞ見るなと云うだろう」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の近刊『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

50代、仕事にまつわる愚痴

小津安二郎(映画監督)

1903年-1963年。昭和時代の映画監督。日本映画界初となる日本芸術院賞を受賞。20歳で松竹蒲田撮影所に入社、24歳で初めてメガホンをとる。以来『生れてはみたけれど』『麦秋』『東京物語』など小市民を描いた作品で定評を得た。

金儲け主義に走る同業者に苦言

戦前戦後の映画界で数々の名作を生みだした小津安二郎。

独特のローアングル手法で日本の小市民の生きざまを描き、いわゆる「小津調」を確立した名監督である。

そんな小津が、生前

忰に映画なんぞ見るなと云うだろう

(自分の子どもには『映画なんか見るな』というだろう)

などという言葉を発していた、といったら、少々意外ではないだろうか?

この言葉は、小津が55歳の時に『文藝春秋』誌に寄せた『映画界・小言幸兵衛』という小文の中の一節だ。その中で小津は

「一体、昔に比べて映画の水準は高くなっているだろうか」

と問いかけた後、

「先日、町へ出て常設館に入って、ある会社の予告篇を見た」

として、他人がつくった映画の内容に軽く触れている。

「オッパイは隠しているけれども殆ど臍すれすれまでにズロースをさげた女が出てきて、男と踊る。(中略)次のシーンは、カーテンの後で接吻する、接吻しながら踊る……。最近はこういうものが無闇と多い」

そして、その後にこう語る。

この続きは有料会員の方のみ
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン
なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

初回を読む
なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません