第346回 気体分子運動論(後編)力積と運動量

気体分子運動論を展開しようとする「僕」とテトラちゃん。……「数学ガールの秘密ノート」で熱力学の基本をいっしょに学ぼう!

数学ガール、ニュートンに挑む!

位置・速度・加速度から、ニュートンの運動方程式万有引力の法則に、力学的エネルギー保存則まで。さあ、数学ガールといっしょに物理学を始めよう!

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

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ミクロとマクロ

は後輩のテトラちゃんといっしょに気体分子運動論を展開していくことになった(第345回参照)。 いまは仮定すべきことを少しずつ押さえている途中。

仮定1

  • 気体分子は質点とみなす。気体分子の大きさは考えず、質量はすべて$m$とする。
  • 気体分子同士は衝突せず、気体分子相互に力を及ぼし合うことはないとする。

仮定2

  • 気体が入っている容器は立方体で、その内壁の一辺の長さを$L$とする。
  • 容器の中には気体分子が$N$個入っているとする。

テトラ「あたし、いま、気体分子が飛びまわっている様子を想像しています……」

「……」

テトラ「《体積》はわかっています。《物質量》もわかっています。でもまだ《圧力》と《温度》はわかっていません」

「そうだね。マクロな目で見ると気体の《圧力》が容器の壁に掛かっている。気体は壁を押している……つまり、気体から壁には《力》が掛かっていることになる」

テトラ「はい、そうですね」

「気体から壁には《力》が掛かっている。じゃあ、その《力》はどこから来てるんだろうか、と考える」

テトラ「気体から壁に掛かる《力》……それはもちろん、壁にぶつかる気体分子から来ていますよね?気体分子はとてもたくさんあって、次から次に壁にぶつかります。 その結果として気体が壁を押す《力》になっているんだと思います」

「そうだね! そしていまのが、ミクロとマクロの関わり合いを表しているわけだね」

  • ミクロな視点で見ると、一つ一つの気体分子が壁にぶつかっている。
  • マクロな視点で見ると、気体が壁を押している。

テトラ「あっあっあっ、先輩、あたしわかりましたっ! 気体分子の衝突というミクロなもので、壁を押す気体の《力》というマクロなものを説明しようとしているわけですねっ!」

「え? あ、うん。そうだよ?」

テトラ「い、いまごろ気付いてすみません。お恥ずかしい。先輩はずっとそうおっしゃっていましたよね。 でも、いま急に何をやっているかを理解したんです。 ミクロなものでマクロなものを説明しようとしてるのだと理解しました!」

「いやいや、ぜんぜん恥ずかしくないよ。僕もよくある。急に『そういうことか!』って思うんだ。『最初からそうやってたじゃないか、何をいまごろ気が付いてるんだ!』みたいに感じる」

テトラ「はい……まさにそれです! そして! あたしは! 壁の面積が$L^2$であることを知ってます! ということは壁に働く《力》がわかれば、それを面積で割れば《圧力》が出ますね!!」

「すばらしい! その通りだよ、テトラちゃん。じゃ、さっそくその《力》を求めてみよう。そのために……」

テトラ「ニュートンの運動方程式を考えるんですよねっ!」

「あ、えーと……」

テトラ「あらら? 違いましたか?」

テトラちゃんが想像していた話の進み方

「いや、ニュートンの運動方程式を考えるのは正しいといえば正しいけど……」

テトラ「あたしはてっきり、《力》から《運動エネルギー》まで、こんなふうに話が進むんだと想像していました」

あたしが想像していた話の進み方

  • 《力》を求める。
  • ニュートンの運動方程式から《加速度》を求める。
  • 《加速度》から《速度》を求める。
  • 《速度》から《運動エネルギー》を求める。

「うん。質点の運動を考えたいときには、そんなふうに話が進むことはよくあるね。《力》がわかれば、ニュートンの運動方程式から《加速度》がわかる。 あとは《加速度》を時刻で積分すれば《速度》がわかる。もしも、《力》が一定なら、時刻による積分は時間との掛け算になる。 そして《速度》がわかれば《運動エネルギー》もわかる」

テトラ「そうです、そうです。それは何度も練習しました。$v$という《速度》がわかれば、$\frac12mv^2$で《運動エネルギー》が得られます」

【CM】

ユーリ「はいっ、ここでCM入りまーす。《力》→《加速度》→《速度》→《位置》を求めていく流れを理解する一冊がこちら! じゃじゃーん!」

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「でも、いま僕たちは、気体分子が壁に衝突するようすを物理学的に考えたいんだよね?」

テトラ「そうですね。たくさんの気体分子が壁にぶつかって跳ね返る。それで得られる《力》を、壁の面積で割れば《圧力》になります」

「うん、でも、気体分子がぶつかって跳ね返るときの《力》を直接的に調べるのはすごく難しいんだ」

テトラ「そうなんですか?」

「気体分子1個が容器の中を飛んでいる途中では、気体分子は壁に触れていない。だから壁に《力》は掛かっていない」

テトラ「はい」

「でも、気体分子が壁にぶつかった瞬間には大きな《力》が掛かる。実際には、気体分子が壁を構成している分子に近づいて、 短い時間に複雑なやりとりがあって、気体分子は跳ね返される。 その短い時間に変化する途中の《力》を追い続けるのは難しい。 もちろん一定じゃないし、万有引力の《距離の二乗に反比例》のような簡単な式にもならないし」

テトラ「ああ……なるほどです。《力》→《加速度》→《速度》のスタートとなる《力》がわからない……でも、だとしたらどうしようもないですよね。だってニュートンの運動方程式が使えないんですから!」

「いま話した《ぶつかる》とか《はねかえる》という現象を調べるときは、《運動量》を使うとうまく考えを進めることができるよ」

テトラ「運動量?」

運動量

「ここからは話を簡単にするために一次元で説明するね。気体分子の運動はもちろん三次元だけど、 一次元で考えてから、三次元に拡張する。そうすれば、最初から式が複雑にならずに済むから」

テトラ「はい……式が複雑にならないのはありがたいです」

「気体分子1個を質量mの質点だと考える。それが距離Lだけ離れた二枚の壁のあいだを往復運動している。速度をvとする」

気体分子の運動を一次元で考える

テトラ「なるほどです。気体分子が直線上を行ったり来たりしていると考えるわけですね」

「そうだね。あとで三次元に拡張するときは、いまから考える運動がx成分やy成分やz成分だと考えなおすんだね」

テトラ「はいはい。わかります」

「《質量》がmで、《速度》がvのとき、mvをこの気体分子の《運動量》という。《運動量》は《質量》と《速度》の積」

テトラ「はい……それは《運動量》の定義ということですね」

「うん、そうだよ。《速度》は向きと大きさを持つベクトルとして扱えるから、 《運動量》も向きと大きさを持つベクトルになるんだけど、 いまは一次元で考えているから、向きは単に正か負かのどちらかになるだけ」

テトラ「あ、はい」

「気体分子は二枚の壁の間を永遠に往復運動し続けることにする。そのために、こんな仮定をする。 跳ね返る前後で《速度》の大きさは変化せず、 《速度》の向きは鏡に反射するような向きになると仮定する」

仮定3

  • 跳ね返る前後で《速度》の大きさは変化せず、《速度》の向きは鏡に反射するような向きになる。

テトラ「なるほど」

「ボールが何度も跳ね返るときには、《速度》の大きさはだんだん小さくなっていく。でもいまは、気体分子は壁にぶつかっても《速度》の大きさは変わらないと仮定するんだ」

テトラ「《速度》は、壁にぶつかるたびに符号が反転しますね?」

「そうそう。《速度》は$v$で進んで壁にぶつかったら向きが変わって$-v$になる。《運動量》は$mv$から向きが変わって$-mv$になる」

テトラ「そこまではわかりましたけれど……ここからどうなるか、さっぱりわかりません。これはミクロですよね。1個の気体分子を考えています。 永遠に往復し続ける気体分子から、どうやって《圧力》まで行けるんでしょう?」

「……」

テトラ「壁の《面積》はわかってますので、やはり《力》がわからないとだめでは?」

「うん。《力》を求めたくなるよね」

テトラ「はい。でも、《力》を求めるのにはニュートンの運動方程式は使えません……」

「いや、使えないわけじゃないよ。ニュートンの運動方程式から《力》と《運動量》の関係を考えていこう」

テトラ「は、はい」

《力》と《運動量》の関係

「ニュートンの運動方程式は$F = ma$という式で表されるよね。いまは簡単のために一次元で考えている」

ニュートンの運動方程式

  • 質点に掛かる力を$F$とする。
  • 質点の質量を$m$とする。
  • 質点の加速度を$a$とする。

このとき、次が成り立つ。 $$ F = ma $$

この式をニュートンの運動方程式という。

テトラ「はい。ニュートンの運動方程式は《力》と《加速度》の関係を表しています」

「ここで、《加速度》は《速度》を《時刻》で微分したものだから、こんなふうに書き換えてもいい」

$$ F = m\cdot \frac{dv}{dt} $$

テトラ「はい……これは、$F = mv'$ということですよね?」

「そうだけど、$v'$と書くと何で微分したのかわかりにくいから、$t$で微分したことが明確になるように、$dv/dt$と書いたんだ。そして《質量》を表すmは《時刻》で変化しない定数だから、こんなふうに書いてもいい」

$$ F = \frac{d(mv)}{dt} $$

テトラ「……」

「……どう?」

テトラ「……理解が心に降りてくるまで、ちょっと……ちょっとお待ちください」

「……」

テトラ「mvというのは《運動量》ですよね?」

「そうそう!」

テトラ「……ということは、こう表現してもいいですか?」

《力》は、《運動量》を《時刻》で微分したものに等しい。

このことは、ニュートンの運動方程式から導ける。

「まさに、その通り! テトラちゃんは正しく理解しているよ。それが《力》と《運動量》との関係だ」

テトラ「でも……ここからどこに行けるのかは理解していません!」

「次は積分だよ」

積分

テトラ「積分……」

「いまの式、$$ F = \frac{d(mv)}{dt} $$ の両辺を、$t_1$から$t_2$まで積分する。 するとこの等式は、 $$ \int_{t_1}^{t_2} F \,dt = \int_{t_1}^{t_2} \frac{d(mv)}{dt} \,dt $$ と表せることになる」

テトラ「いまのは、両辺をただ積分しただけですよね? 積分しただけ、というのはおかしいですけど」

「うん、そうだよ。積分しただけ。$t_1$から$t_2$までの定積分を求めた。そして右辺は計算できる」

  • $t_1$での《速度》を$v_1$と表すことにする。
  • $t_2$での《速度》を$v_2$と表すことにする。
すると、次のように計算できる。 $$ \int_{t_1}^{t_2} \frac{d(mv)}{dt} \,dt = mv_2 - mv_1 $$

テトラ「……」

「結局、ニュートンの運動方程式から、$$ \int_{t_1}^{t_2} F \,dt = \vphantom{\int_{t_1}^{t_2}}mv_2 - mv_1 $$ という式が成り立つことがわかった。 この左辺が表す物理量には《力積》という名前がついている。 そして右辺は二つの時刻における《運動量》の差になる」

$$ \underbrace{\int_{t_1}^{t_2} F \,dt}_{\text{力積}} = \underbrace{\vphantom{\int_{t_1}^{t_2}}mv_2 - mv_1}_{\text{運動量$\HIRANO$差}} $$

テトラ「……あ、あのですね。あたしは何とかお話についていってると思うんです。 でも、念のために確認させてください」

「もちろん、どうぞ」

テトラ「いまの式は、$F$という《力》を$t_1$から$t_2$まで$t$で積分した値は、$mv_2 - mv_1$という《運動量》の差に等しくなる……ということですね?」

「うん、それでいいよ」

テトラ「それは、計算したからですよね? 《力積》という物理量だからというわけじゃないですよね?」

「ん?」

テトラ「《力積》という物理量を積分すると、《運動量》の差になるという物理法則を新たに仮定して導入したわけじゃないですよね?新たな物理法則を導入したのではなくて、ニュートンの運動方程式から、《運動量》という物理量の差が、 $$ \int_{t_1}^{t_2} F \,dt $$ という式で表されるものに等しいことがいえる。 そして、この式で表される物理量には《力積》という名前がついているぞ……という理解でいいですよね?」

「うん、そういう理解でいいと思うよ」

テトラ「しつこくてすみません。あたし、いつも、物理学で出てくる式の位置付けがわからなくなるので……」

「位置付け」

テトラ「あっ、つまりさっきの式は、ニュートンの運動方程式から導けるものであって、新たに物理法則として導入されたものではない……という意味です」

「なるほど。うん、テトラちゃんはものすごく正しい考え方をしてるよ!」

テトラ「き、恐縮です」

「ここまでで、《運動量》の差というのが《力》を求めることにつながりそうだ……とわかった?」

テトラ「あっ、そうでした。あたしたちは《力》を求めたいんでしたね……」

「うん」

テトラ「でも……まだあたしは理解していません、この《力積》には確かに《力》が出てきていますが、この積分はできるんでしょうか。 だって、ぶつかってはねかえるときの……衝突して反射するときの《力》は複雑だということじゃありませんでしたか? 一定でもないし、 簡単な式では表せない、と。 だとしたら結局積分はできません。 この《力積》の式、 $$ \int_{t_1}^{t_2} F \,dt $$ は《力》を《時刻》の関数だと思って積分してくださいということですから……ですよね?」

「うんうん、そうだね。その通り。そこで《力》の変化を表すグラフを描いてみよう。すると、この《力積》が見える」

テトラ「《力積》が見える……?」

《力》の変化を表すグラフ

「気体分子が反射するときに、特定の壁から受ける《力》の変化をグラフにしてみると、おおよそこんな形になっていると考えられる。正確にはわからないけど、だいたいの形」

《力》の変化

テトラ「ははあ……わかります。この飛び出ているところが反射した瞬間ですね。バン・バン・バン・バン……」

「そういうことだね。往復しているから、反対側の壁でも反射するんだけど、いまは一つの壁だけに注目している」

テトラ「はい」

「ところで、定積分はグラフの面積として考えることができるのを思い出すと、ここの面積はちょうど《力積》になっているのがわかるね?」

《力積》が面積として現れる

$$ \int_{t_1}^{t_2} F \,dt $$

テトラ「なるほどです! 積分が面積になるのはわかります」

「いまはわかりやすいように、$t_1$は一つの壁から出発した時刻にして、$t_2$は反射して戻ってきた時刻にしている。$t_1$と$t_2$のちょうど真ん中で壁に当たったわけだ」

テトラ「はい、それはいいんですが……でも、やっぱり積分は難しいということではないでしょうか。この飛び出たところの形が正確にわからなければ、面積を考えようとしてもわからないですよね……」

「そうだね。ときどき飛び出るというのがやっかいだから、こんなふうに時間的に平均をとってみよう! つまり、 平らに均すんだよ」

テトラ「おもしろいですっ! これは、どういうことかというと……《力》が一定だとしたらどうなるかを考えている?」

「そうだね。《力》を平均するというのは、その平均した《力》がずっと掛かっていると見なしているようなものだから」

テトラ「……わかりません」

「わからない?」

テトラ「いえ、わかるんですが、先輩のお話がどんなふうに進むのかがまだわからないんです」

「いまテトラちゃん自身が大きなヒントを言ってくれたよね。《力》が一定だとしたらどうなるかを考えているって」

テトラ「あ、それは、このグラフがそうなっていたからです……グラフが水平ということは《力》を一定だとしているんですよね。でも一定だとしたらどうなるんでしょう」

「《力》が一定なら、定積分はただの掛け算になってくれる。だから、平均した《力》を$\BAR{F}$で表すと、こうなる」

$$ \int_{t_1}^{t_2} F \,dt = \BAR{F}\times(t_2 - t_1) $$

テトラ「あっ、そうですね! この$\BAR{F}$は、さっきの長方形の高さですね?」

「その通り! そして$t_2 - t_1$は横の長さ」

テトラ「待ってください。ということは念願の《力》が得られたことになりますか?」

「もうちょっとだね。いままでのところでわかったことは、こうだよ。$$ \BAR{F}\times(t_2 - t_1) = mv_2 - mv_1 $$ 左辺は《力積》の値、つまり長方形の面積で、右辺は《運動量》の差」

テトラ「……」

「右辺の$mv_2 - mv_1$は、二つの《運動量》の差だけど、これはもうわかっている。反射前の運動量が$mv$で、反射後の運動量が$-mv$だから」

$$ \begin{align*} mv_2 - mv_1 &= \underbrace{(-mv)}_{\text{反射後$\HIRANO$運動量}} - \underbrace{(mv)}_{\text{反射前$\HIRANO$運動量}} \\ &= -2mv \\ \end{align*} $$

テトラ「ということは、こうですか」

$$ \BAR{F}\times(t_2 - t_1) = -2mv $$

「そうだね。$t_2 - t_1$は、気体分子が一往復する時間になる。これは速度と壁の距離から求められるよ」

テトラ「距離を速度で割れば掛かる時間になりますね。$t_2 - t_1 = \frac{L}{v}$ですね」

「惜しい!」

テトラ「惜しい……? あちゃちゃ! そうですね。往復ですから気体分子は$2L$移動します。2倍する必要がありました……ですから、$$ t_2 - t_1 = \frac{2L}{v} $$ になります。ああ、何だか急激に計算が進みそうです!」

$$ \begin{align*} \BAR{F}\times(t_2 - t_1) &= -2mv \\ \BAR{F}\times\frac{2L}{v} &= -2mv \\ \BAR{F} &= -\frac{mv^2}{L} \end{align*} $$

「うんうん。これで、平均した《力》が$m, v, L$で表せた!」

テトラ「さっきから気になっていたんですが、これはマイナスでいいんでしょうか?」

「符号がマイナスになったのは《壁が気体分子を押す力》を$F$として考えていたからだね。《気体分子が壁を押す力》を考えるなら符号が逆になるよ。向きが反転するから」

テトラ「なるほど。ということは《気体分子が壁を押す力》は、$$ \frac{mv^2}{L} $$ になるところまでわかりました」

「ここまでは気体分子1個の話だけど、実際には気体分子が$N$個あるね」

テトラ「ということは、実際の力を求めるには、$N$倍する必要がありますね」

「そうなんだけど、速度は気体分子一つ一つ違うから、分子に$1,2,\ldots,N$と番号を付けて、 こんなふうに足し合わせる必要がある」

$$ \frac{1}{L}\sum_{k = 1}^{N} mv_k^2 = \frac{1}{L}\left( mv_1^2 + mv_2^2 + \cdots + mv_N^2 \right) $$

テトラ「あらららら。これは……大変です! 速度を$v_1,v_2,\ldots,v_N$にしたんですね。すごくたいへんです! だって、$N$はものすごい数なんですよね!!」

「うん、だから、やはり平均を取って考える。今度は時間平均じゃなくて、気体分子についての平均だよ。こんなふうに表すことにする」

$$ \frac{1}{L}\cdot\BAR{mv^2} = \frac{1}{L}\cdot\frac{1}{N}\sum_{k = 1}^{N} mv_k^2 $$

テトラ「足しておいて$N$で割ってる……平均ですね」

「平均した値を$N$倍してやれば、気体分子が総力を挙げて壁を押している《力》がわかる」

テトラ「ええと、ええと……いま$k$番目の気体分子さんが壁を押す力は、$$ \frac{mv_k^2}{L} $$ です。これを$k = 1,2,\ldots,N$で足し合わせる。それが、全員で壁を押す力です。それが、 $$ \frac{1}{L}\sum_{k = 1}^{N} mv_k^2 $$ という式になります。この値を、平均を使って表現すると、平均を$N$倍すればいいので、 $$ \frac{1}{L}\sum_{k = 1}^{N} mv_k^2 = N \times \frac{1}{L}\cdot\BAR{mv^2} $$ で表せる……でいいでしょうか」

「その通り! だからこれで、$N$個の気体分子が壁を押す《力》が、ようやく$$ \frac{N}{L}\cdot\BAR{mv^2} $$ と書けたことになる」

テトラ「はっ! 《力》が得られたので《圧力》もわかりますね! 壁の面積$L^2$で割りますと……《体積》が出てきます!」

$$ \begin{align*} p &= \left(\frac{N}{L}\cdot\BAR{mv^2}\right)\times\frac{1}{L^2} \\ &= \frac{N}{L^3}\cdot\BAR{mv^2} \\ &= \frac{N}{V} \cdot \BAR{mv^2} \\ \end{align*} $$

「$L^3 = V$を使ったんだね!」

テトラ「はい!」

「ここまでで、$$ pV = N\BAR{mv^2} $$ が得られたことになる」

テトラ「あっ、これで……《圧力p》と《体積V》と《物質量N》という物理量と、気体分子が持っている《質量m》と《速度v》が結びついたことになりますねっ!」

「そうだね。もう一歩だ」

テトラ「え?」

「ここまでは一次元で考えてきたから、これを三次元にする必要がある」

テトラ「ああ、そうでした、そうでした」

三次元へ

「気体分子の速度を三次元ベクトル$\VELOCITY$として考えることにする。成分で表すと、 $$ \VELOCITY = (v_x, v_y, v_z) $$ になる。これまで一次元で考えてきたことは$v_x, v_y, v_z$の成分だったと見なせばいい」

テトラ「はいはい、そうでした。ということは、$v$を$v_x$と置き換えて、$$ pV = N\BAR{mv_x^2} $$ のように考えるということでしょうか」

「そうだね。そしてx方向、y方向、z方向を同じように考えればいいから、$$ \left\{ \begin{align*} pV &= N\BAR{mv_x^2} \\ pV &= N\BAR{mv_y^2} \\ pV &= N\BAR{mv_z^2} \end{align*} \right. $$ となる。つまり、これを足し合わせて、 $$ 3pV = N\BAR{mv_x^2} + N\BAR{mv_y^2} + N\BAR{mv_z^2} $$ がいえる」

テトラ「あ、あの……急激に複雑になってきました」

「もうちょっと進めば整理が付くよ」

$$ \begin{align*} pV &= \frac13\left(N\BAR{mv_x^2} + N\BAR{mv_y^2} + N\BAR{mv_z^2}\right) \\ &= \frac{N}{3}\left(\BAR{mv_x^2} + \BAR{mv_y^2} + \BAR{mv_z^2}\right) \\ &= \frac{N}{3}\cdot \BAR{m(v_x^2 + v_y^2 + v_z^2)} \\ &= \frac{N}{3}\cdot \BAR{m\left(\SQRT{v_x^2 + v_y^2 + v_z^2}\right)^2} \\ &= \frac{N}{3}\cdot \BAR{m\VELOCITY^2} \\ &= \frac{2N}{3}\cdot \BAR{\frac12m\VELOCITY^2} \\ \end{align*} $$

テトラ「《運動エネルギー》が出てきましたね……」

「そうだね。$$ \BAR{\frac12m\VELOCITY^2} $$ の部分は、気体分子が持っている《運動エネルギー》の平均になる。 これを、 $$ \BAR{K} = \BAR{\frac12m\VELOCITY^2} $$ とおくことにする。すると、 $$ pV = \frac{2}{3}\cdot N \cdot \BAR{K} $$ が得られた!」

テトラ「《圧力》と《体積》と《物質量》と《運動エネルギー》の関係が得られたということですね?」

「そうだね。そして、理想気体の状態方程式と比較すると、絶対温度で表した《温度》との関係もわかる」

テトラ「理想気体の状態方程式は、$$ pV = nRT $$ です。すると、 $$ \frac{2}{3}\cdot N \cdot \BAR{K} = nRT $$ ということでしょうか?」

「そうだね。アボガドロ数を$N_A$とすると、$N = nN_A$だから、$$ \frac{2}{3}\cdot nN_A \cdot \BAR{K} = nRT $$ となる。これを整理すると、 $$ \BAR{K} = \frac{3}{2}\cdot\frac{R}{N_A}\cdot T $$ が得られた。これを読もう」

テトラ「左辺は気体分子が持つ平均の《運動エネルギー》ですね。右辺は……」

「$\frac32, R, N_A$はすべて定数。そして$T$は絶対温度で表した《温度》になる。つまり、気体分子が持つ平均の《運動エネルギー》は絶対温度で表した《温度》に比例するということがいえたことになる」

テトラ「これで、ミクロとマクロはつながりました……?」

「つながったね! 気体分子は運動している。《質量》と《速度》があるから《運動エネルギー》を持っている。ただし、気体分子1個1個の《速度》は大きさが違うから、《運動エネルギー》も違う。 でも、平均した《運動エネルギー》というものを考えることはできる」

テトラ「平均……」

「そしてその平均した《運動エネルギー》は、絶対温度で表した《温度》という物理量に比例している。これで二つの物理量が関連付いたわけだ」

テトラ「あたし思うんですが……平均を考えるというのは、たくさんのものがあるからですね」

「うん?」

テトラちゃんの感慨

テトラ「平均を取る……そこのところに、ミクロとマクロのつながりを感じます。たくさんある気体分子1個1個の《速度》や《運動エネルギー》を考えているときはミクロな視点で、 気体の《温度》を考えているときはマクロな視点ですよね」

「そうだね」

テトラ「たとえば一次元で考えると、一人一人の気体分子さんは、みんな個別の《速度》を持っています。つまり、 $$ v_1, v_2, \ldots, v_N $$ ということです」同じように、一人一人の気体分子さんは、 みんな個別の《運動エネルギー》を持っています。つまり、 $$ \frac12mv_1^2, \frac12mv_2^2, \ldots, \frac12mv_N^2 $$ です」

「……」

テトラ「そこで平均を取って、$$ \BAR{\frac12mv^2} = \frac{1}{N}\sum_{k=1}^{N} \frac12mv_k^2 $$ を考えるとき、そのとき、 一人一人の気体分子さんについて考えるのをやめたような気持ちになります。 それは、ちょうど、クラスにいる一人一人のテストの点数を考えるんじゃなくて、 クラス全員の平均点をとるのに似ています」

「うんうん」

テトラ「《運動エネルギー》の気体分子の平均を考えるところで、気体分子1個1個を追うのをやめて……そこでミクロとマクロをつないだ感じがするんです!」

「なるほど、確かにね!」

(第346回終わり、第347回へ続く)

数学ガールで《力》→《加速度》→《速度》→《位置》の流れを理解しよう!

ケイクス

この連載について

初回を読む
数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

33_mkt テトラちゃんの"気体分子さん"呼び、、推せる! > |数学ガールの秘密ノート|結城浩 https://t.co/6TY9LhiPSn 3日前 replyretweetfavorite

KingYoneduKnock 平均運動エネルギーK=3/2*R/N_A*T のところで、R=k*N_Aを代入してないのは何でだろう? 5日前 replyretweetfavorite

tour_Neithan この導出生徒と一緒にやろうとしたら拒否された悲しい思い出がある・・・彼は物理のことただの暗記教科だと思ってたんだな 楽しいのに 5日前 replyretweetfavorite

Lsdu2DalePerry なるほど・・・『速度は気体分子一つ一つ違う』から、足しておいてNで割って平均を考える。その平均をN倍してやると・・・ 5日前 replyretweetfavorite