一故人

コロナと五輪のあいだに—2021年に世を去った人々

コリン・パウエル、すぎやまこういち、立花隆、田村正和、中根千枝、ジャン=ポール・ベルモンド、みなもと太郎……2021年に各界の多くの著名人が亡くなりました。「一故人」では、彼ら彼女らのことを振り返りつつ、今年を締めくくります。

2013年、当時の国際オリンピック委員会(IOC)会長ジャック・ロゲ(8/29・79歳。以下、日付は命日、年齢は享年を示す)が2020年の夏季五輪開催都市を「TOKYO」と発表してから8年、当初の予定より1年遅れで東京五輪が開催された。世界的にジェンダー平等の実現が課題となるなか、東京五輪の大会組織委員会会長の森喜朗が女性蔑視的発言が原因で辞職するなど、開催までにはさまざまな問題が噴出した。組織委会長の後任には元スピードスケート・自転車選手で参院議員の橋本聖子が就く。橋本を含め女性アスリートの政界進出の先鞭をつけたのは、元体操選手で参院議員を務めた小野清子(3/13・85歳)だろう。小野は結婚後、子育てをしながら体操も続け、1964年の東京五輪では団体の銅メダル獲得の原動力となった。

ジェンダーとスポーツをめぐる問題といえば、1989年暮れに当時の官房長官の森山真弓(10/14・93歳)が、年明けの大相撲初場所で首相の名代として総理大臣杯を渡すため、女人禁制である土俵に上がりたいと申し出たことも思い出される。相撲協会は森山に対し今後の問題として検討すると返答したが、その後もたびたび議論が持ち上がりながら、いまなお女性が大相撲の土俵に立つことは認められるにいたっていない。

女性の官房長官もこれ以後出ていない。そもそも政界をはじめ日本の組織では女性がリーダーになること自体がまだまだ少ない。『タテ社会の人間関係』などの著書で知られる社会人類学者の中根千枝(10/12・94歳)は、その理由を次のように説明した。日本の社会構造は、年功序列による小集団が数珠つなぎになっている。それぞれの集団はピラミッド型になっており、リーダーになれるのは1人だけである。それだけにリーダーになるのは容易ではない。これに対して階層社会であるヨーロッパの国々などでは、上層にいれば女性も地位も権力も得やすいというのだ。

藤島メリー泰子(メリー喜多川、8/14・93歳)は、ジャニーズ事務所のマネージャーとして男性アイドルグループのフォーリーブス、また郷ひろみなどを世に送り出した。ただし、郷は人気絶頂にあった1975年、ほかの事務所に移籍してしまう。メリーにとってそれは精神的にも経済的にもつらいことではあったが、それでも先輩のフォーリーブスより待遇を引き上げてまで郷を引き止めようとはしなかった。そうでなければ内輪のけじめがつかないとの判断である。ロサンゼルス生まれの日系アメリカ人2世だったメリーだが、組織の安定のため、あくまで先輩を立てるタテの関係を重んじたところは、きわめて日本的な経営者だったといえる。

酒井政利(7/16・85歳)はレコード会社のCBS・ソニー(現ソニー・ミュージックエンタテインメント)のプロデューサーとして、郷ひろみをデビュー曲から担当した。郷の事務所移籍時には、激怒したジャニーズ側の矢面に立たされる。このときプロデュースから手を引けとまで言われたというが、酒井は結局、郷と仕事を続ける道を選んだ。

酒井が郷と同時期に担当した歌手の1人に山口百恵がいる。山口の「いい日 旅立ち」は、酒井が自ら手がけた約6000曲のなかでも五指に入る好きな楽曲であったという。この曲では谷村新司のつくった曲を、作曲家の川口真(10/20・83歳)が編曲した。編曲ではイントロが大事というのが持論の川口は、同曲ではスケールの大きい感じを出すため、イントロに数原晋(4月・74歳)の奏でるトランペットのソロを採用している。

2021年には、数原のほか、ジャズサックス奏者で日本のビッグバンドの創始者である原信夫(6/21・94歳)、同じくジャズサックス奏者の土岐英史(6/26・71歳)、マルチサックス奏者の平原まこと(11/26・69歳)、「エレキの神様」と呼ばれたギタリストの寺内タケシ(6/18・82歳)、ドラマーの村上“ポンタ”秀一(3/9・70歳)と、日本のジャズやロック・ポップス界を彩った名プレイヤーがあいついで亡くなった。土岐と平原はそれぞれの娘である歌手の土岐麻子、平原綾香とコラボレーションする機会も多かった。海外でも、アメリカのジャズピアニストでフュージョン音楽の先駆けでもあったチック・コリア(2/9・79歳)や、イギリスのロックバンド、ローリングストーンズの名ドラマー、チャーリー・ワッツ(8/24・80歳)が亡くなっている。アメリカの音楽プロデューサーのフィル・スペクター(1/16・81歳)は60年代初め、音に厚みをもたらす「ウォール・オブ・サウンド」と呼ばれるレコーディング手法により、ロック音楽に革命を起こした。しかし、晩年は殺人罪で終身刑に処され、獄中で最期を迎えた。

音楽の世界では、CM音楽やドラマの劇伴、アニメソングなどを数多く手がけた職人肌の作曲家、作詞家の訃報もあいついだ。菊池俊輔(4/24・89歳)は『タイガーマスク』『ドラえもん』などいまなお親しまれるテレビアニメの主題歌を多数作曲した。日本を代表するアニメーターの1人、大塚康生(3/15・89歳)が作画監督・キャラクターデザインを担当したテレビアニメ『侍ジャイアンツ』の主題歌も菊池の作品である。CMソングや歌謡曲など幅広く活躍した作曲家の小林亜星(5/30・88歳)も『ひみつのアッコちゃん』『科学忍者隊ガッチャマン』などこの分野で数々の名曲を残している。キックボクサーの沢村忠(3/26・78歳)が主人公の実録アニメ『キックの鬼』の主題歌も亜星の手になる。作詞家の伊藤アキラ(5/15・80歳)とは日立グループのCMソング「日立の樹(この木なんの木)」をはじめ何度もタッグを組んだ。亜星の慶應義塾の後輩にあたる桜井順(9/25・87歳)も、富士フイルムの「お正月を写そう」など多くのCM音楽を手がけたほか、作家の野坂昭如などが歌ってヒットした「黒の舟唄」を作詞・作曲している(作詞の名義は能吉利人)。

テレビからはCMやアニメ以外の番組でもたくさんのヒット曲が生まれた。60年代の人気番組で、服飾デザイナーの中嶋弘子(7/18・95歳)が司会を務めたNHKのバラエティ『夢であいましょう』には「今月のうた」のコーナーがあり、坂本スミ子(1/23・84歳)やジェリー藤尾(8/14・81歳)など出演する歌手・俳優たちが月ごとに新曲を披露した。ジェリーが歌い、その後何度となくカバーされた「遠くへ行きたい」も同番組から生まれた。

テレビ朝日の皇達也(3/20・79歳)がプロデューサーを務めた萩本欽一メインのバラエティ番組『欽ちゃんのどこまでやるの!?』からもヒット曲が生まれた。同番組には歌手の細川たかしがレギュラーに起用されたが、3回ほどコントをやった時点で厳しいと皇は判断する。やはり歌が必要だと思って準備しておいたところ、萩本が「そろそろ歌かなぁ」と言い出したので曲を差し出した。コント中に細川が脈絡なく現れては歌い去っていくその曲には、最初はタイトルもなかったが、視聴者から問い合わせが殺到したためレコード化される。ミリオンセラーとなり、1982年の日本レコード大賞も受賞したその曲こそ、なかにし礼(2020年12/23・82歳)作詞・中村泰士(2020年12/20・81歳)作曲の「北酒場」であった。

皇達也はこのほかにも『タモリ倶楽部』や『たけしのスポーツ大将』などの人気番組を手がけた。これらを含む80年代のバラエティ番組の隆盛は、1980年の漫才ブームに始まる。大阪の朝日放送を経て番組制作会社・東阪企画を設立した澤田隆治(5/16・88歳)は、プロデューサーとして『花王名人劇場』(関西テレビ・フジテレビ系)で東西の若手漫才師が競演する企画を当てたことから、漫才ブームの仕掛け人と呼ばれた。澤田は朝日放送のディレクター時代から若手芸人を売り出すことに熱心で、夫の正司玲児との「どつき漫才」で一世を風靡した正司敏江(9/18・80歳)や、大阪の深夜ラジオで人気が出始めていた落語家の笑福亭仁鶴(三代目、8/17・84歳)をテレビに引っ張り出した。漫才ブームは大阪の笑いが全国区になる契機にもなった。90年代には吉本新喜劇も東京に進出し、チャーリー浜(4/18・78歳)の決めゼリフ「じゃあ~りませんか」が流行語になったりした。

澤田隆治と同世代の日本テレビのプロデューサー細野邦彦(4/25・87歳)は、60年代から70年代にかけて、コント55号の坂上二郎が若い女性タレントと野球拳をする『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』や、凶悪事件などをセンセーショナルにレポートする『テレビ三面記事 ウィークエンダー』などをヒットさせるが、「俗悪番組」のレッテルも貼られた。朝の情報番組『ルックルックこんにちは』の1コーナー「竹村健一の『世相講談』」のアシスタントに、若き日の小池百合子(現・東京都知事)を起用したのも細野である。

テレビの普及にともない、それまで庶民の最大の娯楽だった映画産業は斜陽を迎える。日本で年間の映画観客数が最大に達したのは1958年だが、その翌年、東映に入社した千葉真一(8/19・82歳)のデビュー作はテレビ映画の『新 七色仮面』だった。すでにテレビが映画に取って代わる兆しが現れていたのかもしれない。東映は70年代、千葉も出演した『仁義なき戦い』シリーズに代表される実録やくざ物を当てる一方で、時代劇の本数は激減した。おかげで東映京都撮影所では時代劇の制作にかかわる職人たちが余剰気味になる。京都撮影所の所長だった高岩淡(のち東映社長、10/28・90歳)は、職人たちの雇用創出を目的の一つとして、1975年、同撮影所の一部を「東映太秦映画村」として一般公開した。

東映で20年ものあいだ助監督を続けた澤井信一郎(9/3・83歳)は1981年、高岩淡が製作、菊池俊輔が音楽を担当した『野菊の墓』で初めて監督を務めた。澤井の監督第3作である原田知世主演の『早春物語』では田中邦衛(3/24・88歳)がヒロインの父親を演じている。

松竹の脚本部にいた橋田壽賀子(4/4・95歳)は1959年、秘書室への異動を言い渡されたのを機に退社し、テレビに新天地を求めた。各局に脚本を売り込むなかで、TBSのアシスタントディレクターだった鴨下信一(2/10・85歳)と親しくなる。橋田はやがてホームドラマに自身の本領を見出し、ディレクターとなった鴨下とも何度となくコンビを組んで、『女たちの忠臣蔵』などの作品を世に送り出した。

鴨下のTBSの2年先輩にあたる飯島敏宏(10/17・89歳)は、『ウルトラQ』に始まるウルトラシリーズや木下惠介プロダクションと共同制作による「木下惠介・人間の歌シリーズ」など60年代よりプロデューサーとして多くのドラマを担当した。後者のシリーズの1作、1971年の『冬の雲』ではメインキャストの1人に、まだ若手だった田村正和(4/3・77歳)を起用している。70年代から80年代にかけて、TBSでは鴨下演出の『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たち』など名作ドラマがあいついで生まれたが、視聴率はいまひとつ振るわなかった。そこでテコ入れを任された飯島が、主婦層をターゲットに企画したのが、不倫ドラマとして社会現象にもなった『金曜日の妻たちへ』である。

『金曜日の妻たちへ』が放送された1983年には、橋田壽賀子作のNHKの連続テレビ小説『おしん』が日本のテレビドラマ史上最高視聴率を記録する。劇中、幼いおしんに優しく接する祖母役で印象を残した大路三千緒(1/12・100歳)は、おしんの後半生を演じた乙羽信子と宝塚歌劇団の同期だった。『おしん』もまた社会現象となり、耐え忍んだ末に商売で成功するおしんに多くの人が教訓を見出そうとした。経済評論家の内橋克人(9/1・89歳)はこうした風潮に異を唱えたが、それは作者の橋田の思いとも重なった。橋田が『おしん』で伝えたかったのは、忍耐の大切さなどではなく、経済的に豊かになった日本人はそろそろ身の丈に合った幸せを考えてみてはどうかということだったからである。

任天堂の上村雅之(12/6・78歳)が開発責任者となった家庭用ゲーム機ファミリーコンピュータが発売されたのもまた、1983年だった。その後、1986年にファミコンソフトとして発売され、大ヒットとなったロールプレイングゲーム『ドラゴンクエスト』では、作曲家のすぎやまこういち(9/30・90歳)がゲーム音楽を手がけている。

大学卒業後、ラジオ専門局の文化放送に入社したすぎやまは、グループ会社のフジテレビへ開局とともに移り、音楽番組『ザ・ヒットパレード』のディレクター・プロデューサーを務めながら、自ら作曲も行うようになる。のちに作曲専業になるものの、彼のスタートはテレビと音楽のいわば二刀流だった。

野球界で大谷翔平が投打で活躍するのにともない、「二刀流」の語はすっかり定着した。以前なら「二足の草鞋」と呼ばれたところだが、作家には結構こうしたケースが目立つ。1970年前後に登場した「内向の世代」と呼ばれる小説家たちにも、サラリーマン作家が多かった。坂上弘(8/16・85歳)はその1人で、大学在学中に作家デビューしたのち、就職した理研化学(現・リコー)に定年退職するまで勤め、作家と二足の草鞋を履いた。そのあとの世代にあたる新井満(12/3・75歳)も、電通に定年まで勤務する一方、CMソングとして自ら歌った「ワインカラーのときめき」をヒットさせ、小説を書けば『尋ね人の時間』で芥川賞を受賞するなど、多才ぶりを示した。

作家の瀬戸内寂聴(11/9・99歳)も、1973年の得度後は僧侶としての勤めも続けたという意味では二刀流と言えるかもしれない。だが、その自伝で、仏門に入った理由を「私が仏に近づいたのではなく、仏が私を、引っぱりよせたのだ。その力は強く、仏の意志に逆らうことは不可抗力だった」と書いているのを読むと、彼女は二刀流や二足の草鞋という次元を超えているような気もする。

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一故人

近藤正高

ライターの近藤正高さんが、鬼籍に入られた方を取り上げ、その業績、人柄、そして知られざるエピソードなどを綴る連載です。故人の足跡を知る一助として、じっくりお読みいただければ幸いです。

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dtk1970 年末恒例の記事。 https://t.co/O2KNp105aC 5ヶ月前 replyretweetfavorite

small_books 近藤正高 @donkou「一故人」 cakes連載の記事が更新されました。 https://t.co/AIQ1CkD7rH 書籍『 5ヶ月前 replyretweetfavorite

bear_yoshi 今年もこんなに……https://t.co/t5ejmUYOZI 5ヶ月前 replyretweetfavorite

mori_to_nagisa 見事な2021年の走馬燈。https://t.co/xOqxSCPL72 5ヶ月前 replyretweetfavorite