坂本龍馬「こんな手紙、決して他人には見せられないよ」

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の新著『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

20代、人間関係にまつわる愚痴

坂本龍馬(幕末志士)

1835年-1867年。土佐藩出身の幕末の志士。のちに脱藩して勝海舟のもとで航海術などを学ぶ。その後、亀山社中(海援隊)を結成したほか、薩長同盟の締結に尽力した。大政奉還の実現にも関与したとされるが、維新直前に暗殺された。

手紙から見える龍馬のサービス精神

坂本龍馬といえば、日本の歴史上の人物の中でも、とりわけ人気の高い者の一人、といってさしつかえないだろう。その人気の理由の一つとして、人間味あふれる手紙をいくつも残した点も挙げられよう。

現存する龍馬の手紙は、約140通ある。郵便制度などが整う明治維新前に没した人間としてはかなり多いほうといってよいだろう。龍馬が筆まめであったことと、手紙を受け取った人たちが、捨てずにきちんと保管していたことが一因と考えられる。龍馬が家族や友人を愛し、大切に考え、また家族や友人からも愛されていたことがよくわかる。

そんな龍馬の手紙は、一つひとつに趣向が凝らされていて、実に面白いものが多い。「エヘン、エヘン」と威張ったような感動詞が使われているものもあれば、日本初といわれる新婚旅行の内容を綴った手紙には旅行先の様子などが図入りで説明してある。実にサービス精神あふれた代物なのだ。

そんな手紙にしばしば登場するのが

こんな手紙、決して他人には見せられないよ

という、ちょっぴり弱気な、愚痴か泣き言のように見える言葉である。豪快な人物の代表のような龍馬が、なぜこんな言葉を多用したのだろうか?

この続きは有料会員の方のみ
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

初回を読む
なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード