これは幕府はとても駄目だ」勝海舟

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の新著『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

30代、仕事にまつわる愚痴

勝海舟(政治家)

1823年-1899年。幕臣、政治家。本名、義邦。通称、麟太郎 。有名な「海舟」は号。蘭学などを学び、幕府海軍の創設等に尽 力して軍艦奉行などを歴任。明治維新後も参議、海軍卿などに就任している。坂本龍馬の師としても知られている。

時は、幕府のトップが暗殺される状況

1860年1月、1隻の船が品川港を出港。一路アメリカ大陸を目指した。

船の名は「咸臨丸」。蒸気機関と帆を併せ持つ機帆船で、日本人の運航による初の太平洋横断を目指していた。艦長は、幕臣・勝海舟である。

勝海舟は、本来なら幕府を代表し艦長として太平洋を渡るような偉い身分に生まれた人間ではない。武士は武士だが下級幕臣の出で、子どもの頃から貧乏生活を送ってきた。生家は

餅を搗く銭がなかった

と、後年回想しているくらいである。所帯を持っても、貧乏生活は続いた。人一倍学問には熱心だったが、書物を買う金すらなかった勝は、ひたすら本屋で立ち読みして知識を得たという。

しかし、江戸の町にはまだ人情があった。本来なら立ち読みばかりされて迷惑がるはずの本屋の主人は、むしろ彼を親切に扱った。熱心さを買い、支援を申し出る金持ちたちもいた。下町の人情に助けられ、海舟は貧しいが、西洋事情に詳しい一角の人物となっていった。

やがて幕府が海軍伝習所を開くと、そこで学んで日本随一の「海軍通」となり、咸臨丸の艦長にまで出世することとなったのである。

さて、無事に太平洋横断を果たした咸臨丸が帰国の途に就き、浦賀港に入港すると、いち早く船中に押し寄せてきたのは、快挙を称える人たちではなかった。幕府の捕吏、今でいえば警察官である。

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なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

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福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

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setagaya121 #スマートニュース 29日前 replyretweetfavorite