ウイルスとの戦いはいよいよ終盤戦。自然免疫細胞たちによって誘導された獲得免疫細胞たちが活躍しています。キラーT細胞は感染した細胞を見つけて除去し、B細胞は抗体を駆使してウイルスのさらなる細胞への侵入を阻み、ウイルスを自然免疫細胞たちに食べられやすい状態にしてくれます。
これらの反応によって体内のウイルス量が減少していけば、私たちの体に出ていた症状は少しずつ改善していきます。実際、新型コロナウイルスに感染した場合、約80%の人が無症状か軽症であることがわかっており、こうした人々の体内では免疫細胞が適切に働き、ウイルスを体から排除できていると考えられます。
一方で、一部の人については重症化し、さらには死に至る危険性があります。驚くべきことに、このような状態に陥る主要な原因の1つとして免疫細胞の過剰応答が挙げられているのです。このことから新型コロナウイルス感染症は免疫病であるとも言えるのです。本来体を守るはずの免疫細胞が、なぜ私たちに害を及ぼすのでしょうか?
免疫細胞が暴走してしまう時
無症状や軽症ですむ人と、重症化する人では何がちがうのでしょうか。新型コロナウイルスに感染して重症化した人の血液を調べてみると、軽症ですんだ人にくらべて、ある物質が多量に存在していることがわかりました。
その物質の名はサイトカイン。細胞同士がお互いの情報伝達に使うためのタンパク質です。重症化した人の中には、免疫活性化を促す多量のサイトカインが血液中に含まれ、免疫細胞が過剰に応答している人がいたのです。
サイトカインはこれまでに100種類以上が発見されています。多数のサイトカインが存在するからこそ細胞たちは状況に合わせた複雑なコミュニケーションを取ることができます。中でも炎症性サイトカインと呼ばれるグループは主に免疫細胞に働きかけて活性化を誘導し、炎症を強める働きがあります。免疫細胞にとっては元気をもらえる励ましの手紙のような存在です。
一方で免疫細胞たちが働きすぎるのを防止する抑制性サイトカインと呼ばれるものも存在します。通常は、免疫細胞たちが適切な場所で適切な時に適切なレベルで働けるように、状況に合わせて絶妙な配合でこれらのサイトカインが産生されるのです。
本来は免疫細胞を活性化させるうえでなくてはならない炎症性サイトカインですが、なんらかの原因で過剰に作られてしまうことがあります。その結果起こるのが免疫細胞たちの暴走です。免疫細胞が過剰に集まり、炎症の度合いもいっそう進んで、感染した細胞だけでなく健康な細胞をも攻撃してしまう、「嵐」のような状態になるのです。
こうなると自力でこの「嵐」を抑えることは難しくなり命をも脅かします。炎症が炎症を呼ぶ負のループが生まれ、免疫細胞の制御が効かなくなってしまうのです。この状態を「サイトカインストーム」と呼びます。ストームは英語のstorm(嵐)からきています。
サイトカインストームが起こると、健康な細胞をも攻撃してしまう ©︎ Designua/Shutterstock.com
新型コロナウイルス感染者のすべてがサイトカインストームに陥るわけではないこと、一部の高齢者や基礎疾患を持っている方に生じやすいことがすでにわかっています。これを裏返せば、サイトカインストームになりやすい遺伝背景や健康状態があることが推察されますが、未だサイトカインストームの発生条件などの詳細なメカニズムは不明です。
サイトカインストームに対しては免疫の炎症応答を抑える薬が医師の判断で使われます。しかしながら炎症応答を抑えすぎると、感染している病原体が増殖しやすい環境を作ってしまうことになるので使用のタイミングや量が非常に重要になるのです。今もなおサイトカインストームというブラックボックスの中身を明らかにするための研究が世界中で取り組まれています。