第341回 熱気球はなぜ浮かぶ?(前編)アルキメデスの原理

「熱気球はなぜ浮かぶ?」という疑問を持ち出したユーリに、「僕」はどう答えるか。……「数学ガールの秘密ノート」でいっしょに学ぼう!

数学ガール、ニュートンに挑む!

位置・速度・加速度から、ニュートンの運動方程式万有引力の法則に、力学的エネルギー保存則まで。さあ、数学ガールといっしょに物理学を始めよう!

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登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

ユーリのいとこの中学生。 のことを《お兄ちゃん》と呼ぶ。 論理的な話は好きだが飽きっぽい。

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僕の部屋

ユーリ「ちーっす! お兄ちゃん、熱気球って、どーして空飛ぶの? パパッと教えて!」

「熱気球?」

ここはの部屋。

いつものようにユーリが出し抜けに現れて、 無茶なことを言い出した。

いつものことだけど、どうして必ずパパッと知りたがるんだろうな。

ユーリ「いつものこと、いつものことって、まるでユーリがお兄ちゃんに『教えて、教えて』って、しょっちゅう言ってるみたいじゃん!」

「まさにそうだよね。お兄ちゃん、お兄ちゃんっていつも言ってる。 てか、地の文にツッコミ禁止」

ユーリ「だって、お兄さまは、いつも教えてくれるじゃん」

「お兄さまはやめて」

ユーリは僕のいとこ。すぐ近所に住んでいる。

小さいころから一緒に遊んで来たから、 のことはいつも《お兄ちゃん》と呼ぶのだ。

ユーリ「ちなみにここまでのやりとりはテンプレ。さー、客席も温まって来たところで本題じゃ。 それで? 熱気球って、どーして空飛ぶの?」

熱気球

「熱気球が空を飛んでいくのは風に吹かれていくからだと思うんだけど、たぶんユーリが知りたいのは、そもそも熱気球が空に浮かぶ理由ってことかな?」

ユーリ「もちろんじゃよ」

「どうしてユーリは、熱気球の話をポンと出してきたんだろう」

ユーリ「どーしてお兄ちゃんは、熱気球の話をポンと出してくれないんだろう」

「いつも言ってるじゃないか。ユーリが熱気球の話を持ち出すきっかけがあるんだったら、それにそって話したいなと思うからだよ。 何もないところから、『はいっ、それではね。今日は熱気球の話をしていきたいんですけど。 みんなも熱気球って知ってますよね!』と話し出すわけにはいかないよね」

ユーリ「それって、YouTuberのモノマネ? あんましカッコ良くない」

「ダメ出しはいいから」

ユーリ「テレビでやってた」

「熱気球?」

ユーリ「そだよん。テレビでね、『ものすごい熱の力で、熱気球は空を飛ぶんです!』って言ってたの。そんで『うみゅ?』って思った」

「なるほど?」

ユーリ「熱気球の下にカゴがあるじゃん?」

「ゴンドラ」

ユーリ「ゴンドラがあるじゃん? ブワッと火炎放射器で火を出してた」

「バーナー」

ユーリ「ブワッとバーナーで火を出してた」

熱気球のゴンドラとバーナー

「うん」

ユーリ「確かに熱そうだけど、『熱の力』って何だろ、って思った」

「なるほど、なるほど。『熱の力』という言い回しに引っかかったんだ」

ユーリ「お兄ちゃん、《力》の話をしてくれたよね。ニュートンの運動方程式。あの《力》と『熱の力』って、違うよね?」

「違うよ。そのテレビ番組で言ってた『熱の力で熱気球が浮かぶ』というのは、ニュートンの運動方程式に出てくるような、物理学用語としての《力》のことじゃない。『温めた結果として熱気球が浮かぶ』くらいのごく一般的な意味だと思うよ。 そのテレビ番組で物理学の授業をしていたわけじゃないんだから」

ユーリ「だよねー」

「『医者の力で風邪が治った』といっても、加速度が生じたわけじゃない」

ユーリ「ちょっと何言ってるかわかんない。……そんで、話戻るんだけど。熱気球ってどーして空に浮かぶの? 説明できる?」

「説明はできると思うよ。パパッと答えるわけにはいかないけど、一歩ずつなら。 それでもいい?」

ユーリ「いつものことじゃん」

こんなふうにして、ユーリの熱気球をめぐるおしゃべりが始まった。

熱気球はなぜ浮かぶ?

「たとえば、熱気球が浮かぶようすを想像する。最初は地上に静止している熱気球の中の空気をバーナーで温めると、 熱気球は地上を離れて浮かび上がっていく」

地上で静止している熱気球と、空に浮かび上がっていく熱気球

ユーリ「ふむふむ」

「静止している状態は速度の大きさがゼロだ。でも、空に浮かび上がっていくためには、上向きの速度が必要になる。 つまり、この熱気球は上向きに加速度が生じたわけだ。 そして運動の法則によれば、 加速度が生じたということはが掛かったのだとわかる」

ユーリ「いつも《力》の話になるんじゃのう」

「その通りだよ。物体の運動を考えるときには力を考える。だから、熱気球の運動を考えたいときには、熱気球に掛かるすべての力を考えることになる。 熱気球に掛かるすべての力を足し合わせた合力は、鉛直上向きになっているはず。 なぜかというと、上向きの加速度があるから。そこまではOK?」

ユーリ「オッケー! まず重力があるよね?」

「そうだね。地上から熱気球がまさに浮かび上がるときを考えようか。 そのとき、 地球から熱気球に対して、鉛直下向きの力が掛かっている。 ユーリのいう通り、その力は重力だね。 でもそれだけだと下向きの力だから、下向きに加速度が掛かることになって、静止状態から地面に潜り込んでしまうことになる」

ユーリ「あはははっ! 熱気球じゃなくて熱モグラになっちゃう」

「熱気球に上向きの加速度が生じているということから、合力は上向き。だから、下向きの重力だけじゃなくて、上向きの力が何か働いているはずだ」

ユーリ「浮力……だっけ?」

重力と浮力

「そうだね。浮力(ふりょく)が掛かる」

ユーリアルキメデスの原理!」

「そうそう。なんだ、ユーリはぜんぶ知ってるんじゃないか」

ユーリ「アルキメデスは、お風呂に入ってたときにアルキメデスの原理を発見して、 感動して町の中をオールヌードで走り抜けたんでしょ?」

「そういう伝説があるみたいだね。ところでアルキメデスの原理の内容は?」

ユーリ「忘れた」

「がく」

ユーリ「だって、そのオールヌードで走り抜ける話、インパクトでかすぎるんだもん! 絶対そっちの方を覚えちゃうよね」

「それにしても」

ユーリ「お風呂に入ると、ぷかぷか軽くなるから、浮力があることを発見した」

「浮力があることだけじゃなくて、どれだけ大きな浮力が掛かるのかが大事。伝説のポイントは、 お風呂のお湯があふれたところにある。 アルキメデスの原理は、液体や気体の中にある物体に、どれだけ大きな浮力が掛かるのかを教えてくれる物理学的な原理だね」

アルキメデスの原理(液体中の物体が受ける浮力)

液体中にある物体は、上向きの浮力を受ける。

その浮力の大きさは、物体が押しのけた液体の重さに等しい。

※この図では物体が地球から受ける重力(物体の重さ)は描いていません。

ユーリ「あー、そんな感じで習った習った。物体が押しのけた液体の重さってわかりにくいよね」

「確かにわかりにくいけど、お風呂であふれたお湯の重さだよね。湯船いっぱいにお湯を満たしておいて、そこにそっと身体を入れると、ざざーっとお湯があふれる。 それは身体がお湯を押しのけたからあふれたわけだ。そのあふれたお湯を一般的には、物体が押しのけた液体と呼んでる」

ユーリ「あっ、お兄ちゃん。わかりにくいって言ったのは……わかりにくいからだけど、 ユーリもわかってるんだよ」

「ユーリがわかっているのはわかってるよ」

ユーリ「ユーリがわかりにくいって思ったのは、その《アルキメデスの原理》だと、液体に入れる体積で決まるみたいに思えちゃうから」

「んん?」

ユーリ「押しのけたお湯の分だけ浮力が働くってことは、《軽い木の人形》をお風呂に入れても、《重い鉄の人形》をお風呂に入れても同じになっちゃうじゃん?  でも、《軽い木の人形》は浮くけど、《重い鉄の人形》は沈むよね?」

「待って待って。何か混乱しているぞ。お風呂の中に二種類の人形を入れた場合を比べるんだよね。 人形が何で出来ていようとも、もしも人形の体積が同じならば、押しのけるお湯の体積は等しい。 だから押しのけたお湯の重さも等しい。だから、アルキメデスの原理によって、確かに浮力の大きさはどちらも等しい。それで正しいよ」

ユーリ「は? だって《重い鉄の人形》は沈むじゃん?」

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この連載について

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の中高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わいましょう。本シリーズはすでに14巻以上も書籍化されている大人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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コメント

en_invest ユーリがアルキメデスはオールヌードで街中を走り抜けたと言ったセリフには思わず笑ってしまいました。いや、その通りなんだけど笑 https://t.co/odSUYTFELY 8日前 replyretweetfavorite

takacha_hby 金曜日はカレーの日&数学ガールの日……なので見に行ったら更新はまだだった。ちょっと早かったか。ついでに再読ですよ😊 https://t.co/cdPe5HkwAd 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

chibio6 熱気球の話から始まったけれどここからどんなふうに進んでいくのだろうか、楽しみだ。中途半端な物理の理解が深まるので。 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

TkBohz また物理シリーズだ! まだついていけるな… しかしミルカさん実はあんなこと気にするキャラなのか(メタな描写が読めるのはWeb版だけの楽しみ) 約1ヶ月前 replyretweetfavorite