娘は、京の町人のもとに嫁がせてほしい」森長可

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の新著『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

20代、人間関係にまつわる愚痴

森長可(戦国武将)

1558年-1584年。美濃国(岐阜県南部)出身の武将。美濃金山城主森可成の次男。父の代から織田信長に仕え、大いに武功を挙げた。「武蔵守」を称し、その勇猛果敢な戦いぶりから「鬼武蔵」の異名をとる。本能寺の変ののち、豊臣秀吉に仕えた。

主君と家族を失くした猛将のささやかな願い

とある戦国武将が、頼りにしていた味方の武将に当てた手紙の中で

娘のおこうは、(自分のような戦国武将ではなく)京の町人のもとに嫁がせてほしい

などと、愚痴めいたことをいっていた、と聞いたら……

「なんて情けない武将なんだ」

と思う人もいるかもしれない。

ところが、この手紙を書いた森長可という武将は、「情けない」どころか「鬼武蔵」と異名をとるほどの猛将であった。父の代から織田信長に仕え、長島一向一揆征伐、長篠の戦いなどで活躍したのち、武田家を滅亡させた甲州征伐で武功を挙げ、信濃4郡を領し、海津城をも得た人物である。

自らの武功一つで出世を果たしたわけなので、武将として生きることの旨味を知り尽くした人物といっても間違いではないだろう。

そんな彼がなぜ、自分の娘の嫁ぎ先は町人がよいと考えたのだろうか?

実は、森長可が海津城主となってわずか数カ月後に本能寺の変が起きている。主君・織田信長が命を落としたのである。

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人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
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福田智弘

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コメント

sabochin 森くん……………… 約1ヶ月前 replyretweetfavorite

fukuda_tomohiro これは泣ける(⁉) 戦国武将の本音。🥲 #人間愚痴大全 #森長可 #戦国武将の手紙 約1ヶ月前 replyretweetfavorite