悪いとは知りつつ、やめられない」福沢諭吉

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど現代人と変わらない不平不満です。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の新著『人間愚痴大全』より特別公開します。(提供元:小学館集英社プロダクション)

60代、病気にまつわる愚痴

福沢諭吉(教育者)

1834年-1901年。幕末から明治期を代表する知識人。慶應義塾創立者。中津藩士の子として生まれ、成育して咸臨丸で渡米。以後も欧米での遊学経験などをもとに数多くの著書を残した「天は人の上に人を造らず」の言葉でも有名。

朝、昼、晩と飲む無類の酒好き

福沢諭吉は、知る人ぞ知る、酒好きな男である。なにしろ、

物心の出来た時から自然に数寄でした

と公言しているくらいであるから、本当に生来の酒好きだったである。晩年に書かれた著書の中でも「飲みすぎはよくない、とはわかっていても、やめられなかった」と後悔の愚痴を述べている。

そんな福沢でも、何度か禁酒したことはある。長崎で遊学していた時には「念願であった蘭学の勉強ができるのだから」と、頑張って1年間禁酒をした。ちょうど20歳の頃である。

また、大坂の名門蘭学塾(適塾)で学んでいた際も、ある日、「学問の修行中に酒ばかり飲んでいてよいことはない」と、一念発起して禁酒したことがある。

この時、塾生の一人が、「楽しみの一つもなければよくない。禁酒したのなら煙草でも吸ってみろ」と誘いかけた。それまで、福沢はむしろ嫌煙派だったのだが、試しに喫ってみたところ、徐々においしく感じられるようになってしまう。

やがて、生来の酒好きだったがために、酒のほうも復活。わずかの禁酒の期間に煙草の味までも覚えてしまい、かえって体に悪いことになってしまった。

この続きは有料会員登録をすると
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン

1週間無料のお試し購読する

cakesは定額読み放題のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。cakesには他にも以下のような記事があります。

人気の連載

おすすめ記事

なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

初回を読む
なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

Tweetがありません