自分はしあわせであるべきだ」という設定をしてあるか?

自分の根本にある、ものの見方や考え方を「自分でそう設定している」と考えているサクちゃん。数年前に大きな設定変更をしたのだそうです。今までの選択や見方、考え方を変えることって、なかなか難しい作業なはず。サクちゃんはどのような手順で変更をおこなったのでしょうか?(毎週火曜日更新)

蘭ちゃんへ

こんにちは!
感染者数が減り、徐々に人と会えるようになってきて、街にいる人たちの顔も心なしかリラックスして見えます。

画面越しに話をするのとはちがう、会って話すことのうれしさとキャッチする情報量の多さを、実際に人に会うことで毎回新鮮に思い出すね。やっぱりずっと人に会えない状況は普通ではなく、不自然に我慢していたんだなあと実感します。

とはいえ、もう長いこと「普通」が逆転していたので、反動で疲れてしまうというのもあります。徐々に、ぼちぼち、いきましょう。

*ー*ー*

蘭ちゃんの人生はマラソン設定、わたしのピクニック設定、さらにはひとりひとつの小舟に乗っている設定の話をしたの、おもしろかったね。

この「設定」というの、たしかにわたしはよく使います。これは、「わたしっていつもこうなっちゃうんだよね」のような、もともとそういうもので、どうにも変えられないかのような考え方を、「自分がそういう設定をしているのだ」と考えることで、いいことがたくさんあったからです。

出来事そのものを見つめるよりも、捉え方次第で「あ、自分の設定か」と思えると、自分の都合や好みで変更ができます。

わたしは、数年前に大きな設定変更をしました。

整理整頓のため、過去の出来事や思いを文章にして眺めてみたときに、自分の選択や考え方のクセを発見しました。まず、とにかくたくさんガマンをしていることに気がつきました。子どもの頃の環境でついてしまったクセなので、それ自体は仕方がないと思えるのだけど、大人になっても「自分はガマンしないといけない存在だ」と思い込んだままだったのです。ガマンが必要な環境ではあったものの、その問題以外のすべてにおいてもガマンするクセがついていました。今思うと、それは「自分はガマンするべきだ」という「設定」でした。

*ー*ー*

この人は素敵だなと思う人は、みんな素直でした。そして、自分には素直さが欠けていると自覚していました。「素直な人はいいなあ(自分はそうではない)」という捉え方でした。でも、「自分はガマンすべきだ」という設定に気がついたら、自分が「素直であること」よりも「ガマン強いこと」を優先していただけなのだとわかり、戦慄しました。

素直な人とそうじゃない人がいるのではなくて、素直さを優先するかどうかは設定次第なのだと思うと、それなら設定を変えて、ガマンすることに使っていた努力を、素直になることに使えばいいのか!と、視点がぐるりと回転したのです。

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サクちゃん蘭ちゃんのそもそも交換日記

土門蘭 /桜林直子

東京でクッキー屋さんをしている「桜林直子(サクちゃん)」と、京都で小説家として文章を書く「土門蘭(蘭ちゃん)」は、生活も仕事も違うふたりの女性。この連載は、そんなふたりの交換日記です。ふたりが気が合うのは、彼女たちに世界の「そもそも」...もっと読む

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コメント

Lagrangianpoint 自分の思考をOSと捉えれば、設定変更やアプデは超大事! 13日前 replyretweetfavorite

sasa_sassy 書籍化しないかなぁ。 お二人どちらの文章もいつも素敵。 17日前 replyretweetfavorite

masako_macox サクちゃんさんの文章好きだ〜🍋 つい自分の優先度を下げちゃう人に読んで欲しい😌 17日前 replyretweetfavorite