妻の社会的ポジションは夫の社会的地位で決まるもの―『舞姫』3

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する世界に生きる内気な姫さよが次に飛ばされた物語の世界は、『舞姫』。女性初のドイツ留学を叶え勉学に励む中、豊子を特別な目で見るリヒャルトに出会う。幸福な婚約生活が待っているかと思った矢先、豊子はある違和感を覚えはじめる。河出書房新社から好評発売中、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説をお届け。(提供元:河出書房新社)

数日後、豊子とよこは婚約報告を兼ねたクリスマスカードを母に送ると、リヒャルトとともに公使夫妻を訪ね、今後の計画を話した。留学が終了したら入籍し、家庭に入ってから女学校を設立したいこと。リヒャルトも渡日して協力してくれること。夫妻は良い選択だと賛同した。堅実で建設的で日本にとっても有意義であり、文部卿も喜ぶだろうと。

そこにちょうど、所用を済ませた相沢郷あいざわごうが現れた。豊子とリヒャルトが来訪した理由を夫人が話すと、相沢郷は「お祝い申しあげますわ」と薄笑みを浮かべた。

異国で初めての新年を迎えて二ヶ月が過ぎた頃、母から返事が来た。入籍の際には日本から戸籍を送るので知らせよと書かれていた。国籍が変わっても私の娘であり日本のおなごである。同胞のおなごたちに道を開くために、さらに邁進まいしんなされ──と。

三月に入るとリヒャルトは転居先を探し始めた。五月から高等教育局に勤務することになったのだ。将来を見据えて探してきたのは郊外の一軒家で、間取り図を見た豊子は未来の生活に胸をときめかせた。北向きの小部屋は書斎にさせてもらおう。タイプライターを置いたまま本を広げたり書き物をしたりできる机。そして百冊ほどの本を置ける棚。父の遺品である二千冊の書物を戸籍と一緒に送ってもらうつもりだが、屋根裏部屋が書庫の役目を果たしてくれるだろう。

だがリヒャルトは、豊子の机は寝室の隅に置くと言った。「タイプライターの音がしても僕は熟睡できます」と微笑むが、寝室の隅では化粧台ほどの机しか置けないし本棚も入らない。ならば屋根裏部屋を書庫兼用の書斎として使いたいと豊子が言うと、「屋根裏は使用人が寝起きする場所ですよ?」と返された。

「あなたは文部省官吏の夫人となるのですから、日常的な家事は使用人にさせるべきです。そもそも使用人がいなければ毎朝の身支度の際に、誰があなたのコルセットを締めるのですか?」

外出しない時でもコルセットを? 豊子は耳を疑った。

「あなたには今後も、品位と教養をあわせもつ女性であってほしいと願っています」

リヒャルトは豊子に微笑みかける。その眼差しは「見守る者」から「監視する者」のものへ変わっており、豊子にはそれがあの「大きな目玉」に重なって見えた。

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

この連載について

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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