始まった「未亡人たちの討ち入り計画」―『仮名手本忠臣蔵』2

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する世界に生きる内気な姫さよと、勝気な姫ごうは今度は『仮名手本忠臣蔵』の世界にいた。赤穂浪士たちは討ち入ることなく亡くなったが、今度は「女たちで仇を取ろう!」という雰囲気になってきた。竹月院はなんとか事を収めようとするが…。河出書房新社から好評発売中、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説をお届け。(提供元:河出書房新社)

内匠頭たくみのかみさまのご切腹からまもなく二年。おなごたちは心をひとつにせねばなりませぬ」

五人は竹月院とかるに向きあってイグサで編んだ座布団に正座する。

「そうですね。遺族が心をひとつにして合同法要をしたら、亡くなった男はんらも喜ばれるんやないかと、うちも思うてます」

とりあえず竹月院は彼女たちの長旅をいたわり、会話に応じる。

「はて、合同法要とな? おなごが心をひとつにして行うべきは討ち入りでありますぞ」

「え?」

「お家や主君に命を賭すのが男の操なら、その男たちに命を賭すのがおなごの操。本懐を遂げられずに死した男たちに代わり、おなごが団結して吉良きらの首を取らねばならぬ」

竹月院は何の冗談かと耳を疑ったが、五人の目つきは真剣だ。

「あの……瑤泉院ようぜんいんさまは、討ち入りしていたらもっと悲しいことになっていたて言わはってます。それに、お家再興の望みも消えたわけやおへんし」

「お家の再興と主君の仇討ちは別もんです」と奥田の若奥方。

「夫が恩義があったのは内匠頭さまで浅野家じゃありません」と堀部の若奥方。

「討ち入りできる男がいなくなった以上、おなごが立ち上がらねばなりませぬ。そもそも内蔵助どのがもっと早く決断されていれば、男たちは一花咲かせて死ねたのです」と堀部の大奥方。

「後妻ゆえに事情は知らぬだの、年若いゆえ理解できぬだのとは言わせませぬ」と奥田の大奥方。

「義の道を貫かんとする男に尽くさぬおなごは操を捨てた淫婦も同然でございますぞ」と貞立尼ていりゅうには竹月院の頭巾をにらむ。丸刈りにせず肩の位置で切り髪にしただけでは操の立て方が足りぬわと、目が無言で恫喝どうかつしている。

「竹月院どの、これが何かお分かりか」

奥田の大奥方が風呂敷包みを開け、前に置く。男物の脇差しだった。

「仇討ちを果たした暁には伝家の宝刀で見事に果ててみせると、夫は切腹の稽古をしておりました。それが道端に倒れて命を終えるなど、どれほど無念であったことか」

奥田の大奥方がたもとで目を押さえると、他の四人も涙を押さえる。しばし嗚咽おえつした女たちは、竹月院の横で柏餅を平らげる軽を見た。

「お軽さま。そなたさまのお父上は素晴らしき主君でございました。赤穂あこうにゆかりのない部屋住みの者でも、忠義があれば引き立ててくださった。この御恩は忘れませぬ」

「うん、良きととさまであったよ。蛇の生皮のぎ方や猪の生き血の抜き方を教えてくれた。江戸城から戻ったら猿の頭の落とし方を教えてやろうと仰っていたのに、もう習うことができぬよ」

奥方たちは「おいたわしや」と袂を濡らし、貞立尼は竹月院のほうへと膝を進めた。

「四十七士の遺族おなご全員に討ち入りの招集をかけられませ。それが筆頭家老の嫁の務めにござりますぞ。討ち入りが決定するまで私どもはここから動きませぬ」

気圧けおされた竹月院は、正座したまま後ずさった。

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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