こう見えて元タカラジェンヌです~遅れてきた社会人篇~

華麗なる宝塚歌劇団で「癖のあるおじさん役」を究めた天真みちる=「たそ」による大人気連載『こう見えて元タカラジェンヌです』に、待望の続編が爆誕! 退団後すぐに「サラリーマン」として企業に就職した「たそ」が、タカラジェンヌとして過ごした15年間と一般社会のギャップにおののきつつ、タンバリンと付け髭を手に第二の人生を突き進む! 知られざる「宝塚OG」のリアルライフを描く爆笑エッセイ。(企画・編集/左右社)

~プロローグ~

遡るところ3年前……

2018年10月14日深夜、帝国ホテルのある客室。

青春の全てを(不思議な角度で)懸けて過ごした宝塚歌劇団を卒業し、あしたのジョーの名場面のように、燃えつきた……真っ白な灰に……と、もぬけの殻になっていたタカラジェンヌ天真みちる。

「人生のグランドフィナーレを迎え、ここからは平穏に余生を送るか……」

そう思い、深い眠りについた。

2018年10月15日昼過ぎ、帝国ホテルのある客室。

公演中の緊張感から解き放たれ、久々の大寝坊をかました「元」タカラジェンヌ天真みちる。

ゆっくりと身体を起こし、伸びをする。その後立ち上がり、顔を洗う。マグカップに牛乳を注ぎ、レンジで温める。ほのかに暖かいホットミルクを飲み、朝ご飯(昼だけど)の準備をする……

「あゝなんてゆったりとした1日の始まり……(昼だけど)」

そう思い、スーッと深呼吸をした。

その後こう思った。


「……つーか、余生、長すぎじゃね?!」


この時、天真みちるは三十路に突入したばかり。

アサヒスーパードライと同い年の彼女には、余生と呼ぶには長すぎる人生が待ち受けていた……

そしてこの日『シン・こう見えて元タカラジェンヌです~遅れてきた社会人篇~』のスタートが切られたのであった……


そんなわけでcakesではお久しぶりです。たそです。

2019年10月14日から書き綴っていた『こう見えて元タカラジェンヌです』の最終回を迎えてから幾年……

おかげさまで1冊の本となり、皆様の元へも無事届けられたかなと思います。

現在は2021年。

右も左もわからなかった社会人生活も、ひとまず右と左はわかる位にはなりました。

ただ、だからと言って右と左のどちらに進めばいいかは、手探りなうですが……。

今回は、「三十路の新社会人になった元タカラジェンヌ」としての人生を、備忘がてら書き綴っていければと思っております。

それではまた、暫くお付き合いくださいませ……。


元タカラジェンヌのお引っ越し

タカラジェンヌは在団中、自身の技術向上の為、常に稽古に励む。歌って、踊って芝居して……タップダンス、タンゴ、スパニッシュ、はたまた日本舞踊など……いつどんなジャンルの公演が来ても対応できるよう、1日のほとんどの時間を様々なジャンルのレッスンに費やす。

ただ、その次に時間を費やしているのが……「荷造り」である。

各組、1年に2回、組子全員が出演する宝塚大劇場、東京宝塚劇場公演があり、その間には、ディナーショーや、宝塚バウホール、東京青年館などの小劇場公演がある。更には、全国を旅して回る全国ツアーもある。

そしてそのたびに、

化粧品(信じられない量)、ドライヤー、ヘアスプレー(箱買い)、シャンプー、トリートメント、タオル、ヘアバンド、化粧前(楽屋の化粧机に敷く物)、メイク落とし、スキンケア用品、歯ブラシ、リハーサル用のジャージなどの「公演に必要な物」と、

私服(カジュアル、フォーマル各など5種類ずつくらい)、バッグ(大・小3種類くらい)、帽子(5種類くらい)、靴(スニーカー、サンダル、よそ行き用、ブーツなど5種類くらい)、タオル、パジャマ、ジャージ、ルームシューズ、普段用の化粧品、ドライヤー、ヘアワックス、シャンプー、トリートメント、ヘアケア品、メイク落とし、スキンケア用品、歯ブラシなどなどの「生活に必要な物」を、

公演期間の日数に応じて量を調節し、パッキングする。

基本的な必需品の他に、移動した先でも普段通りの生活をしたいと強く思えば思うほど、枕や、コーヒーマシンや、本などのオプション的荷物も増えていく。

なんなら、毎日歌って踊る身体をしっかりと休ませ健康に保つために、ベッドマットレスを運ぶ人だっている(ちなみに私は当時プレステ3を厳重に梱包し運んでいた)。

もはや、「ちょっとした民族大移動」である。

劇団に入りたての頃は、何が必要なのか見当もつかず(旅のしおりがあるわけではないので)、あーだこーだと1日かけて選出し、5時間位かけてパッキングしても、移動した先であれが無いこれが無いと買い足したり、はたまた滞在先で1度も手に触れることのない物をチョイスしてしまったりと、マジで踏んだり蹴ったりな荷造りも、13年間続けていると、1時間程で自分に必要な物をスッとパッキングできるようになっていく。

そんな、まるでサーカス団のように荷造りの天才になっていた頃……

宝塚歌劇団を退団する事を決め、お稽古に励み、宝塚大劇場公演に励み、千秋楽を終えた次の日から、それは始まった……

引っ越しという名の「究極の荷造り」が。

そう……新たな世界の第一歩目にほぼすべてのタカラジェンヌがすること。


それは……引っ越しなのだ。


基本的に、多くのタカラジェンヌさん達は、東京宝塚公演千秋楽までの「すべての退団公演」が終わってから、再び住まいのある宝塚へ戻り、引っ越しの作業に取り掛かる。

だが私は卒業後は地元の神奈川県に戻ろうと思っていたので、宝塚大劇場公演の千秋楽の日から東京公演の為に上京するまでの1週間の間に引っ越しを完了させてしまおう!と、今思えば無謀な計画を立てた。

ただこれには理由があった。元々私は、とても「荷物が少ない」ことで有名だったのである。

なんなら、楽屋の荷物も少なすぎて、初日なのに「千秋楽後なの?」と聞かれるくらいだった。

長年過ごした家も、ぱっと見荷物が多そうには見えない。 なので、神奈川へ再び引っ越す際も、荷造りは簡単に済むだろう、くらいに軽く考えていた。

だが、甘かった。

宝塚音楽学校に合格し、拠点がそれまで住んでいた神奈川県から兵庫県は宝塚市に変わり、実家から様々な物を持って移り住み、過ごしてきた15年間……

その間に増えに増えた荷物は、前述の公演に必要なものに加え、家具や電化製品、そしてこれまでの公演のお稽古時に必要だった洋服や、日本物の際のお着物など、衣服だけでも和洋あわせて家族4人分に相当する程メチャメチャにある。

それらが箪笥や引き出しから出てくる出てくる……

加えて私の場合は、書籍、漫画、パンフレット、アニメ・ゲームの設定資料集、攻略本、CD、DVD、Blu-ray、ゲームなどなど、「重たいもん」と、大好きなキャラクターのフィギュア、バルキリーのプラモなどなどなど、「神棚に飾るもん」がハチャメチャにある。

それらが本棚や飾り棚から出てくる出てくる……

そして、これまでの公演の台本、現役時代に頂いたお手紙、上級生の方に頂いた差し入れとそれが入っていた袋、退団ブーケ(卒業の際に手に持っているお花)などの「絶対に捨てられないもの」と短靴(男役の公演時に履く靴)や、私物のもみあげと髭(パワーワード)などの「絶対に捨てられないもの……なのか?」という、「一番判断に困るもん」がワチャワチャにある。

それらがどっかから出てくる出てくる……

まるで、ディズニーランドの「ミッキーのフィルハーマジック」の冒頭で、ドナルドが小っさい箱からグランドピアノなどのフルオーケストラの楽器を出すシーンみたいに溢れだした荷物が、リビングの床一面にこれでもかとひしめき合っている。

私は悟った。


「荷物が少ないんじゃなくて、しまうのが得意だったんだ」と。


ざっと見ただけでも軽く4人家族分くらいの荷物量に匹敵すると思われる。

これらを再び神奈川県へ送る事になると、相場で言うと20万~30万円くらいになってしまう。

流石にそれは……多すぎるのでは。

断捨離をしよう。そう決意せざるを得なかった。

残念ながらこの時私はまだ「こんまりメソッド」に出会えていなかったので、「たそメソッド」でやるしかなく、全ての荷物を「アヌビスの秤」にかけていった。

執事を演じたときのモーニングコートや、男物の袴などのお稽古着は、クリーニングに出し、「今後おじさん役を演じていきそうな下級生」に形見分けとして授け、家電や大きな家具(ソファ・ベッドなど)は、それらこみこみで次に住んでくれる下級生が見つかり、ありがたく引き継いでもらった。

本などは、

①死んだ時棺に入れてほしいレベル
②生きている間は自分の一部として手元に置いておきたいレベル
③一度手元から羽ばたかせ、もしかしたらまた手元に戻ってくるレベル

の3段階に分け、③は全て手元から羽ばたかせた。

「絶対に捨てられないもの」は自動的に梱包されていった。

ここまでは割と順調に選択できた。だが…… 最後の、「絶対に捨てられないもの……なのか?」の判断が私を苦しめた。


短靴……この先使うのか? 宝塚の舞台以外で、この靴を履くことはあるのだろうか?

もみあげ……この先使うのか? 宝塚の以下略

髭……この先使うのk以下略


答えの出ない問題に悩みに悩んだ結果、それらすべてを「絶対に捨てられないもの」に分類し、梱包した。

理由は……「なんか、辞めたらどうやって手に入るかわからないから」だった。

そんなこんなで自分の荷物達と真剣に向き合い続け…… 大量にあった荷物の半分は、なんとか次の行き先を見つけた。 ここまででおよそ5日が過ぎようとしていた。

それぞれを箱に詰め、床一面に並べ終わった頃、両親が引っ越しの手伝いをしに神奈川県からキャラバンに乗って来た。

ここから、「手伝いと言う名のカオス」が始まった。

せっかく梱包した段ボールを「これは何が入ってるの?」と片っ端から開かれ、断捨離予定だったものも「これはまだ使える」と復活の呪文を唱えられ、再びリビングへ解き放たれた。

このカオスな日々は1泊2日に渡った。

「これ、いらないならもらっても良い~?」「好きにしてくれ……」という、一生終わらないやり取り……50回位を越えたところで、もう、両親が何を持っていきたいのか確認する気も失せた。

さんざん吟味されたあと、

私が運んで欲しいもの:4割
両親が欲しいもの:6割

の荷物をキャラバンに詰め、両親は神奈川へと帰っていった。

これまでの5日間はなんだったんや……という時を過ごしてしまったが、そこからなんとか、「両親の関所を通れなかった荷物達」を再び梱包し、必要最小限の荷物を兵庫県から神奈川県へ送った。


こうして無謀な計画はなんとか1週間以内に完了した。


下級生に引き継ぐ家具以外、何も無くなった部屋を見渡し、写真に収め、「ありがとう……」と部屋に告げ、東京公演へと向かった。

だがしかし!!! 余韻に浸る時間は無い!!!

東京公演の千秋楽が終われば、「荷ほどき」という名の一生終わらない地獄の時間がやって来るのだ。

私見だが、梱包よりも、荷ほどきの方が時間が掛かると思う。新しい部屋に積まれた段ボールの荷物を、パズルのように配置を考えながら取り出していく。

……なんとか生活できるレベルに落ち着くまでに、1週間以上かかった。

こうして、体力と感情をフルに使った長い長い引っ越しが終わった。

仕上げに、東京公演で使用したシルクフラワーでできた退団ブーケを玄関に飾った。
(宝塚大劇場公演の退団ブーケはひまわりの生花だったので、土台のタンバリンのみ飾った)


それから2年と少し経った頃……

2021年の1月、ありがたいことに、歴代のトップスターさん総出演の「エリザベート TAKARAZUKA25周年 スペシャル・ガラ・コンサート」への出演が決まった。

ある日のこと、衣装合わせの際にお衣裳部さんから、

「自前の短靴とかあったら使っていいからね」

と言われた。


私……短靴……持ってる。


またある日のこと、髭合わせの際にメイクの監修をされている方から、

「もみあげは用意できるかわからない」

と言われた。


私……もみあげ……持ってる。


「私物のもみあげがあるので、使っても良いでしょうか?」と聞くと、相手は大きく目を見開き、「なんで私物のもみあげを持ってるんや……」と思ったのであろう束の間の沈黙の後、「いいよ」と言われた。


良かったぁ……取っておいて。


こうして、なんとなく「取っておく」を選択した2つの私物は、意外と早く日の目を浴びることになったのであった。


次回、第2話

「転職したらプロデューサーになった件」

よろしければ是非。


▼天真みちるの歌(ん)劇団応援組▼

タカラジェンヌ「たそ」の15年が本になりました!

この連載について

初回を読む
こう見えて元タカラジェンヌです

天真みちる

「タカラヅカ」を支えているのはトップスターだけじゃない!100年以上の歴史を持ち、未婚女性たちが「清く、正しく、美しく」をモットーに歌い踊る宝塚歌劇団。その美しさでファンを魅了するスターの隣には、モヒカンの悪役や貫禄のあるおじさん役を...もっと読む

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コメント

nacht_nacht_ この人の連載ずっと面白くて読んでたけど、新章(?)も面白くてめちゃくちゃ笑った もみあげどこで手に入れるのか一般人にはまったく想像できなさすぎて困る https://t.co/xuSC6gy79t 2日前 replyretweetfavorite

murakami_gya “たそ”さんの新連載はじまった。快調!> 4日前 replyretweetfavorite

nanaseyyyya 最高すぎhttps://t.co/mIXDyu2zcM 4日前 replyretweetfavorite

shirotaecol 爆笑!たそさんが帰ってきた!楽しみだ〜 https://t.co/HM9SmiT4bL 5日前 replyretweetfavorite