望ましいものは、ただ「死」あるのみ」ナイチンゲール

歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉にナイチンゲールまで、人生の苦境で言わずにはおれなかった愚痴150篇。女性への未練、お金の無心や仕事の焦り、家族への恨みなど、現代人と変わらない不平不満です。ただただ情けない姿の数々。読めばなぜか勇気がわいてくる、愚痴ノンフィクション! 10月21日発売の新著『人間愚痴大全』より特別公開します。

30代、仕事にまつわる愚痴

ナイチンゲール(看護師)

1820 年-1910 年。イギリスの看護師。クリミア戦争の際に献身的な看護を行い「クリミアの天使」と称えられた。その後、 著述活動や病院建設などにも尽力し、看護師の職制の確立、衛生管理の充実、赤十字の設立などに大きな影響を与えた。

看護師になれないなら死んだほうがまし

イギリスの裕福な上流階級の娘として生まれたフローレンス・ナイチンゲール。21歳の時、彼女は家族に向かって、将来の夢を告げた。

看護師になりたい

しかし、その夢は、もろくも崩れ去る。家族の猛反対に遭ったのだ。19世紀半ばのイギリスでは、上流階級の女性は家庭に留まるべきものとされていた。「良妻賢母」であることが求められ、父や夫から保護される代わりに、自分の意志で翼を広げ飛び回ることは許されていなかったのだ。

弁護士の妻・ノラが「妻であり母である前に一個の人間として生きる」として家を出るラストシーンが話題となる『人形の家』が演じられるのも、これから約40年も先のことである。

とはいえ、ナイチンゲールの意志は固かった。彼女は、額に汗して働くこともない上流階級の、特に女性たちを「寄生生物」のようなものと批判していた。

「看護師になりたい」というナイチンゲールとそれを頑として認めない家族との対立は、それからもしばらく続く。ナイチンゲールは神経を病み、臥しがちになった。それを哀れんだ人たちの協力で、カイゼルスウェルト学園という看護のやり方を学ぶことができる学校に入ることはできたのだが、それでも両親の反対は終わらなかった。

この続きは有料会員の方のみ
読むことができます。
cakes会員の方はここからログイン
なぜか、勇気が出てくる。不平不満の150篇。

人間愚痴大全

福田 智弘
小学館集英社プロダクション
2021-10-21

この連載について

初回を読む
なぜか勇気が出てくる 人間愚痴大全

福田智弘

「今日も飯はうまくない」「アルコールでごまかすより外なかった」 天才と呼ばれる作家に芸術家、世界を変えた政治家に勇猛な武将まで、歴史に名を残す人物たちも、実は「愚痴」をこぼしながら生きていた! 渋沢栄一から夏目漱石、豊臣秀吉に...もっと読む

この連載の人気記事

関連記事

関連キーワード

コメント

sabochin ナイチンゲールって現場には2年半しか出てないのか………… 7ヶ月前 replyretweetfavorite