祖父の背中の傷跡

帰国したあとも呉の病院に入院し、全国の戦友の家を回って遺品を届けた祖父。成田の家に戻ったときには終戦から1年が経過していたそうです。それから時代はくだり、孫のえむさんも小学校高学年になりました。

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新ひぐらし日記

日暮えむ

日本最大の流域面積を持つ利根川。繰り返し氾濫を起こし、坂東太郎(関東で一番大きい者の意)の名で知られたこの川の下流域で、昭和平成令和時代を過ごしてきた日暮えむさん。四十年以上に渡って詳細に付けれた自身の日記を元に、失われたその時代をマ...もっと読む

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コメント

knasada このお話も静かに読ませていただきました。ポストのところ、お祖父様の表情に救われた気になりました。禍禍・・・を禍福と口添えされるお祖母様のやさしさが伝わってきました。 |日暮えむ @Higurashi_Emu https://t.co/v7Rr1nzgXU 10日前 replyretweetfavorite

newsmap1208 戦争中に受けた背中の傷痕を、可愛い孫娘から【羽根】と呼ばれることで心の傷が少し和らいでいたら良いな… それにしても子供の頃のえむさんが可愛い👧🏻 22日前 replyretweetfavorite

yanabo 映画にしてほしいなあ。 22日前 replyretweetfavorite

roomno445 1年以上・・・!お疲れ様でした。 背中の傷を最愛のお孫さんに”羽”と名付けて労られた事で、辛い思い出もまた別の感情となって癒やされたのかもしれないな、と思う。 23日前 replyretweetfavorite