都合の悪い女たちは消失していく―『平家物語』5

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する世界に生きる内気な姫さよと勝気な姫ごうは今度は『平家物語』の中にいた。勝利を遂げた義子は白拍子と平穏な日々を送っていたが、周囲ではしばしば女人が消えるという怪異が起きるのであった。その理由を調べ始めた義子はある事実に気がつく。11月発売予定、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説を、いち早くお届け。(提供元:河出書房新社)

義子よしこどの。今日は五本ばかり狩ってきたぞ」

好物の鮎の塩焼きをかじりながら、静は得意満面で切り出した。

「ひとりだけ生かしておいたぞ。ならず者は女検非違使けびいしに首を狩られると、噂を広めてもらわねばならん。そのほうが義子どのも仕事をやりやすかろう?」

噂の正体は静だったのかと義子は困惑する。野盗になりたくてなった者ばかりではないからだ。

「民がそなたのことをさよ判官ほうがんと呼んでおるようだが、さよとは何の意味なのじゃ?」

「都で暮らしていた頃の幼名なの」

「さよ、か。なぜか、わらわを懐かしい思いにさせる。さよどのと呼んでもかまわぬか?」

「いえ、義子と呼んでくだされ。私は武人ですから」

「ではそういたそう」

静は寂しそうにつぶやき、また鮎をかじる。

「静どのは、いつから太刀たちを集めるようになったの?」

「いつからかのう。白拍子しらびょうしになるのだから和歌を学べと、母上に万葉集やら伊勢物語やらを押しつけられるたびに、わらわは太刀で遊びたいと荒くれたらしい。和歌を覚えるまで太刀はお預けじゃと言われ、自分で太刀を調達するようになった」

「まるで真逆ね。私は、武家の娘なのだからと弓矢を押しつけられるたびに、書を読みたいと泣いたの。矢が上達するまでは書はお預けだと言われ、泣き泣き修練したわ」

「義子どのは書の知識が豊かじゃ。ということは矢の腕前も相当なものになったのであろう?」

流鏑馬やぶさめの真似事までなら、どうにか。一本歯の下駄をはかされて五条大橋に立たされ、魚を射よと、軽業師かるわざしのような鍛錬をさせられたこともありました」

「そのようなことに耐えるとは、よほど書が読みたかったのだな」

「物語作者になりたかったの。子どもの頃に出会った竹取物語に影響されて」

「わらわも竹取物語は好きじゃ。月の使者が帝の兵を皆殺しにする場面が実に愉快じゃ」

「皆殺しになどしません、眠らせるだけよ。いずれにせよ今の世は物語など必要としなくなってしまったわ。とりわけ女人にょにんがつづる物語は、めっきり見かけなくなりました」

義子は箸を置き、ひさしの上に広がる夜空を見やる。春の気配を帯びた朧月おぼろづきが浮かんでいた。

いつだったか、こうして友と語りながら月を仰ぐ夜があった気がする。静も月を仰いだ。

「義子どのと月を眺めていると、なぜか懐かしい思いに包まれる」

「静どの、もう突然消えたりしないでくださいね」

「また奇妙なことを言う。そなたこそ、なぜわらわを見失ったのじゃ?」

やがて静はあくびをして横になり、太刀を抱えて寝息を立て始めた。

義子はその夜、小さな仏を彫り終えた。一ノ谷での戦死者への祈りを込めたものである。静に丹波国の寺を訪ねてもらい、供養奉納するのだ。合戦前に託した女こどもの現況も知りたいし、母へのふみも届けたい。だがはたして母は寺にいるのだろうか。

──忽然こつぜんとお姿を隠してしまわれたのです。

老住職は女人ばかりが神隠しにあっていると話していた。静もあのとき、神隠しにあったかのように消えた。なのになぜ静は、戻ってくることができたのだろう。

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

この連載について

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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