女人、おのれの分を知る―『平家物語』4

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ正しい物語である」と。そんな神の支配する世界に生きる内気な姫さよと、勝気な姫ごうは今度は『平家物語』の中にいた。さよこと、源義子は無事、勝利を勝ち取るが、その評価は男性陣へ持っていかれてしまうのだった。失意の最中にいる義子だったが、思わぬ処遇を与えられてー? 11月発売予定、雀野日名子さんの痛快エンタメ小説を、いち早くお届け。(提供元:河出書房新社)

【女人、おのれの分を知る】

一ノ谷の合戦は源氏の大勝となり、頼朝は貢献した武将たちを昇進させた。

大手軍を率いた範頼のりよりは、梶原景時かげときをはじめとする武将たちと協力して大勝利に導いたと評価され、三河国を与えられることになった。一ノ谷への到着が遅れた原因は平氏軍への油断に他ならなかったのだが、遅れが生じたのは慎重に進軍したからだと評価に繋げられた。

景時は息子ともども多くの敵将を討ち取ったことで、四つの領国の守護職へと昇格した。崖下で馬の下敷きになり、息も絶え絶えの状態で発見された良兵衛は、危険な逆落さかおとしに率先して挑んだとして褒美を与えられた。一命を取り留めた馬にも称号が授けられた。

範頼が手柄を上げることができたのは、義子よしこが大手軍到着まで時間稼ぎをしたからだが、義子には「女人にょにんにしては上出来」との言葉が与えられただけだった。もっとも義子は、手柄などなにひとつ上げられなかったのだが。

手綱たづなを操ってどうにか崖下まで降りた義子だが、月のさわりによる貧血で目眩めまいを起こし、落馬してしまったのだ。しかもその際に手足を傷め、動けなくなってしまった。月のものが訪れる時期は、骨の節や筋が緩みやすくなる。なぜこんなときにと、つくづく我が身を呪うしかなかった。

合戦の後、平氏の残党はさらに西の屋島へと逃げていき、頼朝は範頼に追討の準備を始めさせた。義子の補助部隊は解散させられ、義子は都の警備担当に降格となった。

都に引き返す義子は四十人あまりの兵を同行した。手柄を上げられないまま体をそこねたり病になったりし、戦線復帰も東国への帰郷も困難となった農村出身者だ。見捨てれば野盗になるか野盗の餌食になる。まずは都まで連れて行き、療養させることにしたのだ。

白拍子しらびょうしも同行した。小袖こそでうちきの旅姿になった白拍子は、右手で義子につかまり、左手で二本の太刀たちを担ぎ、馬に腰かけていた。

「隊長どのが男であれば、逆落としの策を評価されたであろうに。口惜くちおしゅうてならぬ」

「あの策が功を奏したのは、そなたのおかげです。それにもう隊長ではありません」

義子は、兵たちの馬が遅れていないかと振り返って確認する。

「では義子どのと呼ぼうぞ。だが、なにゆえまだ男の身なりをしておるのじゃ」

「隊長職は解かれたものの、まだ武人ではあります」

義子という名は、男の元服である十五歳のときに頼朝から与えられたものだ。小世さよという本当の名に戻ることは、おそらくない。

「白拍子どののお名前は?」

「静と呼ばれておる。だが本当の名はごう・・じゃ。強き者の強、剛気の剛、豪胆の豪ぞ」

ごう。なんだろう、この懐かしい響きは。

「男装の太刀舞を考案した母上が、ふさわしい名をくださったのじゃ。されど母上の庇護者となった坊主が、舞姫らしき名にせよと静に変えてしもうた。坊主も坊主だが母上も母上じゃ」

「ならばそなたのことは、ごうどのと呼べばいいの?」

「義子どのにそう呼ばれると不思議と心地よい。されど……静でよい」

白拍子は、それきり何も話しかけてこなかった。


都に入った義子は戸惑った。多くの民にあたたかく迎えられたからだ。

行き場を失った女こどもを寺に避難させるために、合戦場への進路を変えた女武将が、都を護るために戻ってきてくれた──そう思われているらしい。義子が十歳まで京で育ち、京の言葉を使える「みやこびと」であることも、歓迎の理由となったようだ。

──おのれが弱みだと思うておることは存外、強みになったりするのだぞ。

少し前に静はそう言った。ならば女人であるという弱みを弱者のために活かそう。治安の乱れが続くなか、犠牲となりやすいのは女こどもや年寄りだ。人には言えない苦しみも、同じ女人の武人になら打ち明けられるかもしれない。そもそも自分が男の戦場に出るなど無理だったのだ。あの巴御前ともえごぜんでさえ、結局はいずこかへと逃げたと聞く。合戦で手柄を立てることだけが武人の務めとは限らない。義子の心は定まった。


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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子
河出書房新社
2021-11-02

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かぐや姫、物語を書きかえろ!

雀野日名子

物語の神は言った、「男が中心に存在してこそ“正しい物語”である」と。 そんな神の支配する『竹取物語』の世界に生きる内気な姫さよは、帝の后選びの場で勝気な姫ごうに出会う。自由を求め物語の神に反旗を翻した二人は、『源氏物語』から『平家...もっと読む

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